猫跳寺

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 彼はそう言いながら、付け合せのキュウリの生スライスを、スプーンで皿の縁に一つずつ寄せ始めた。それを目で追いながら僕は尋ねた。 「よくそんなお寺のことご存じですね」  僕自身、猫跳寺の噂を初めて耳にしたのはミャンマーに入ってからだったし、僕の中では猫跳寺よりも、インレー湖の直前に訪れたバゴーの寝釈迦仏や、ミャンマー仏教の聖地ゴールデンロックの方が、思い入れの面では遥かに格が上だった。猫跳寺に関して何かを思い浮かべるには、余りにも情報が不足していた。僕が猫跳寺を強く意識し出したのは、恐らくこの時が初めてだったのではないだろうか。 「昔、雑誌でインレー湖の猫跳寺の特集を読んだことがあってね。それ以来ずっと、ここを訪れるのが私の夢だったんだ」 「それじゃあ、明日その夢が現実になるんですね・・・」  彼は大きなガタイに似合わず、はにかみながら、恥ずかしそうに頷いた。 「この国で部分的とはいえ、自由に旅行ができるようになったことには本当に感謝しているよ。君もそう思うだろう?」
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