猫跳寺

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 今度ばかりは、お愛想半分で答えざるを得なかったが、それにしても寺院の境内で猫が一斉に跳ねるというのが本当なら、確かにそれは彼の言う通り、ファンタスティックなことだ。後々思えば、僕はこの時すでに、彼と同じように猫跳寺の虜になりつつあったのだろう。  僕たちはフライドライスを平らげて店を出た。街灯が一つもない真っ暗な道を歩き、僕と彼は大小二つの影になった。昼間の暑さとは打って変わって、夜風が心地よく、ここが高地であることが実感できた。  別れる間際、何故だったか、話題がそれぞれの宿のシャワーのことになり、僕の宿には水シャワーしかないことを話すと、彼は信じられないといった様子で、自分の宿までホットシャワーを浴びにくるようにと、しつこく誘いを掛けてきた。相手は善意で、僕が風邪をひかないように気を遣ってくれているのだから、断わるのは容易なことではない。彼が衛生面の理由から、食堂でキュウリの生スライスを口にしないのと同じように、単に旅のスタイルや考え方が違うのだということを分かってもらうのに随分と時間がかかった。僕の泊まってる宿は一晩の料金がたったの二ドルだった。
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