番犬

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短いやり取りの後、黒田の付けたイヤホンから佐伯の声が響く。 「黒ちゃん、めんどくさいこと考えて、悩んでるんだって? 止めときなよ。辛くなるだけだよ」 「佐伯、手短に」 上司はこれから本署へ連絡を取り、応援の要請を行う。その間に、佐伯がリモートで黒田の質問に答えることになった。 「この個体は一見、高品質に見えるけどね、実際は粗悪品だよ。例えば、ここと、ここ」 黒田の持つ端末の画面に、手書きの丸印が付けられた。 「実物の方が分かりやすいと思うけど、体の接合部に壊死がある。この子は、胴体から3つの頭が生えているんじゃない。3匹の犬を外科手術でくっつけただけの、似非(えせ)合成獣(キメラ)だよ。同じ胚から作った3頭の犬を縫い合わせた、まがい物だ。見たところ両側の二頭は、かなり衰弱している。これじゃ一か月どころか、3日も生きられないね」 佐伯はトクホでありながら大学の研究室にも籍を置いている、クローン研究の分野では名の知れた研究者だ。見立てに、間違いはないだろう。 「つまり、二海院長は評判ほど名医ではないのですか」 「彼女は第一線の研究者で、腕も一流だよ」  疑う余地はない、という響きが声にこもっていた。 「直接、会ったことはないけどね。人柄も良いらしいよ」 黒田は自分が揶揄(やゆ)されているのでは、と疑った。 「じゃあ何で、出来損ないの合成獣なんて作ったんですか」 佐伯の声は低いが、湯浅のような腹に響く重低音とは違う。ギターの第六弦を弾いた時のような、硬質の声が彼の耳を打った。 「そんなの誰にもわからないし、考える意味ないよ。湯浅さんに注意されたの、もう忘れたの?」 「でも、名医と呼ばれる人が、命を粗末に扱うなんて」 「案外、二海愛照奈(アテナ)()()()()『誰か』の仕業かもよ」 黒田は息をのんだ。佐伯の指摘は正鵠(せいこく)を射ていると思えた。複数の共犯者が存在する可能性は、事前に検討されていたことだ。彼はアドバイスの礼を言って、一旦、通話を終了した。 地階の闇に、何があるのだろう。彼は階段を覗き込んだ。これより先に複製人間(ヒト・クローン)がいることは間違いない。平気で人や動物を傷つける、残忍な誰かが被害者と一緒にいる可能性も生じてきた。 黒田は手の甲を下にして拳を作り、ぐっと握りしめた。
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