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地底
黒田は階段を何度も折り返して、最下層にたどり着いた。畳2枚ほどの狭い空間には、ドアがひとつだけある。
「地下10メートルくらいか。この場所に関する情報を検索してくれ」
湯浅はイヤホンマイクを通じて、院長室の佐伯に指示を出した。
ドアは内開きの、飾り気のないものだ。錠は付いているが、鍵はかかっていなかった。
「番犬を運んだり、世話したりするための通用口ですかね」
黒田が口にした問いに、佐伯が答えた。
「ドアも階段も、その目的には向いてないね」
声が笑っていた。どうやら彼は、からかわれているらしい。返事をしないでいると、佐伯は勝手に解説を始めた。
「階段を何十段も下りてきたでしょ。あのケルベロスもどきにリードを付けて歩かせたとは思えないね。だから眠らせて運び上げるんだけど、階段は使わないかな」
彼は抵抗を試みた。
「でも餌や水くらいは与えるでしょう」
「なんらかの理由があって、番犬の鎖が外れている……なんてことがあるかも知れない。それでも黒ちゃんは、真っ暗な一本道の階段を上って、あの子の世話をしに行けるかな」
彼らが下りてきた階段は古くて、乾いた黴の匂いがしている。言われてみれば、日常的に使われている、という感じではなかった。
「1階通路の壁に、不可視化された搬入口があるはずだよ。その辺りに移植用の生体部品を作る、クローン医療関連設備が集中しているから。専門医、つまり院長と技術者しか立ち入らないので、隠し事もしやすいし」
「湯浅さん、そちらを先に調べた方がいいのではありませんか」
「あゝ」
湯浅の返事は重く、気乗りしない様子だ。佐伯がイヤホン越しに割り込んでくる。
「1階から上の設備に関しては、こちらに任せてほしい。階段と目の前のドア、その向こうの空間についても調べておきます。湯浅さん達は被害者の捜索に専念してください」
「佐伯、そこに院長はいないのか」
「お察しのとおり。臨時検査開始時には院長室にいたんですが。湯浅さんが裏口に着いた頃に部屋を出て、戻りません。職員用エレベーターで地上階に下りた映像記録はありますが、その後の足跡は不明です」
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