26人が本棚に入れています
本棚に追加
院長は玄関から外に出ていないので、病院内のどこかにいるはずだった。地下1階に移動した可能性もあるが、そこには機械室や変電室、ボイラー室があり、他には霊安室が設置されているだけだという。
「院長は隠された地下2階にいるのかも」
「大病院の地下に秘密の部屋なんて作れますか」
「だって今、黒ちゃんがいるとこ、地下1階じゃないよね。入り口だって隠されていたし。クローン医療の最初期に建てられた病院には、隠し部屋を備えたものが少なからずあるんだよ。人目につくのを嫌がる患者やクライアントのためだったり、クローンを使った闇ビジネスをするためだったりと、事情は様々だったけど」
「様々な事情って、人身売買ですか。10年ちょっと前なら、その手の犯罪が多かったから」
黒田と先輩との会話は、それきりで打ち切りになった。
「ふたりとも、後にしろ」
部屋への突入を決断した上司に、遮られたからだ。
「黒田、念のために装備の点検をしておこう」
湯浅はすでに、記録用機器や専用特殊警棒の中子を確認していた。身長180センチ超、肩幅広く腰細く、複数の武道で段位を持つ武闘派だ。得物がなくとも平気なはずだが、細心の注意を払って道具の検分をしている。
装備の点検をしながら、黒田は小学5年生だった15年前のことを思い出していた。プチ・パンダの件もそのひとつだが、当時はクローン絡みの事件が毎日のように報じられる、陰鬱な時代であった。耳を塞ぎたくなるほど悲惨な事件や、目を覆う猟奇的犯罪がはびこっていたのだ。彼は疎ましい記憶を振り払おうと首を振った。
すると急に全身が震え、次いで肩が竦んだ。
「これは武者震い、ですよね」
顔をこちらに向けている上司に、強がりを言う。
「あゝ」
返事はいつもどおり。
黒田はそこに、励ましが込められているように感じた。
最初のコメントを投稿しよう!