地底

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院長は玄関から外に出ていないので、病院内のどこかにいるはずだった。地下1階に移動した可能性もあるが、そこには機械室や変電室、ボイラー室があり、他には霊安室が設置されているだけだという。 「院長は隠された地下2階にいるのかも」 「大病院の地下に秘密の部屋なんて作れますか」 「だって今、黒ちゃんがいるとこ、地下1階じゃないよね。入り口だって隠されていたし。クローン医療の最初期に建てられた病院には、隠し部屋を備えたものが少なからずあるんだよ。人目につくのを嫌がる患者やクライアントのためだったり、クローンを使った闇ビジネスをするためだったりと、事情は様々だったけど」 「様々な事情って、人身売買ですか。10年ちょっと前なら、その手の犯罪が多かったから」 黒田と先輩との会話は、それきりで打ち切りになった。 「ふたりとも、後にしろ」 部屋への突入を決断した上司に、遮られたからだ。 「黒田、念のために装備の点検をしておこう」 湯浅はすでに、記録用機器や専用特殊警棒の中子(なかご)を確認していた。身長180センチ超、肩幅広く腰細く、複数の武道で段位を持つ武闘派だ。得物(えもの)がなくとも平気なはずだが、細心の注意を払って道具の検分をしている。 装備の点検をしながら、黒田は小学5年生だった15年前のことを思い出していた。プチ・パンダの件もそのひとつだが、当時はクローン絡みの事件が毎日のように報じられる、陰鬱な時代であった。耳を塞ぎたくなるほど悲惨な事件や、目を覆う猟奇(りょうき)的犯罪がはびこっていたのだ。彼は(うと)ましい記憶を振り払おうと首を振った。 すると急に全身が震え、次いで肩が(すく)んだ。 「これは武者震い、ですよね」 顔をこちらに向けている上司に、強がりを言う。 「あゝ」 返事はいつもどおり。 黒田はそこに、励ましが込められているように感じた。
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