26人が本棚に入れています
本棚に追加
黒田が目にしたのは、この部屋でもっとも華やかな装飾品であった。
「湯浅さん」
返事はない。
「ここ、病院の地下ですよね」
「あゝ」
肌が見えるほど薄手の衣を纏った、10代半ばと思しき3人の女性たちが、踝まで埋まりそうなほど毛足の長い絨毯の上で、身を寄せ合っていた。いずれもしなやかな肢体を持ち、細くて長い首の上には形のいい頭が乗っている。抱き合って震えているのは、いきなり部屋に飛び込んで来た黒田と、ハンサムだが強面の上司のせいだろう。
最初の驚きが去り、好奇心が首をもたげたのか、少女3人は抱き合った姿勢のまま、顔だけをこちらへ向けた。黒田の目には、まるで朝の光を浴びた花が一斉に開いたかのように映った。3人が3人とも、ティーンズ向け雑誌のモデルと見紛うような、目鼻立ちの整った美しい顔立ちをしていたからだ。
風営法違反の秘密クラブに足を踏み入れてしまったかと混乱し、思考停止していた黒田の脳に突然、電流が走った。
目の前の女性達は全員、複製人間だ。もしかすると有名な女優やモデルのコピーかもしれない。少女達は言い換えれば、違法に生み出され、不法な売春行為を強いられている被害者達、ということだ。合成獣製造とは別件の、重大犯罪である。
「予想外だな」
湯浅が呟く。冷静沈着な上司が驚きを口にしたことが、黒田にとって意外だった。
「院長は女性ですからね」
「あゝ」
院長は48歳の女性だ。配偶者は脳外科医で、大学病院に勤務している。子供はいない。
技術が急激に進歩した15年ほど前、彼女はいち早く「複製人体部品作製」および「複製人体部品を使用しての治療行為」の資格を取得した。すぐに父親の経営する病院――この二海病院だ――で、クローン整形外科外来を開設している。
父親が亡くなった3年前から、院長として病院経営に専念しているが、かつてはクローン医療の第一人者と呼ばれていた。
トクホが収集した情報の中に、複製人間の人身売買に関する情報はない。二海愛照奈が同性愛者である、という情報もなかった。複製人間を作成していると聞いて、黒田はなんとなく「子供が欲しいと思ったのではないか」と、考えていた。
湯浅が口にした、「予想外」という言葉は、彼の気持ちの代弁でもあった。
最初のコメントを投稿しよう!