地底

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黒田が目にしたのは、この部屋でもっとも華やかな装飾品であった。 「湯浅さん」 返事はない。 「ここ、病院の地下ですよね」 「あゝ」 肌が見えるほど薄手の衣を(まと)った、10代半ばと思しき3人の女性たちが、(くるぶし)まで埋まりそうなほど毛足の長い絨毯(じゅうたん)の上で、身を寄せ合っていた。いずれもしなやかな肢体を持ち、細くて長い首の上には形のいい頭が乗っている。抱き合って震えているのは、いきなり部屋に飛び込んで来た黒田と、ハンサムだが強面の上司のせいだろう。 最初の驚きが去り、好奇心が首をもたげたのか、少女3人は抱き合った姿勢のまま、顔だけをこちらへ向けた。黒田の目には、まるで朝の光を浴びた花が一斉に開いたかのように映った。3人が3人とも、ティーンズ向け雑誌のモデルと見紛うような、目鼻立ちの整った美しい顔立ちをしていたからだ。 風営法違反の秘密クラブに足を踏み入れてしまったかと混乱し、思考停止していた黒田の脳に突然、電流が走った。 目の前の女性達は全員、複製人間(ヒト・クローン)だ。もしかすると有名な女優やモデルのコピーかもしれない。少女達は言い換えれば、違法に生み出され、不法な売春行為を強いられている被害者(クローン)達、ということだ。合成獣(キメラ)製造とは別件の、重大犯罪である。 「予想外だな」 湯浅が呟く。冷静沈着な上司が驚きを口にしたことが、黒田にとって意外だった。 「院長は女性ですからね」 「あゝ」 院長は48歳の女性だ。配偶者は脳外科医で、大学病院に勤務している。子供はいない。 技術が急激に進歩した15年ほど前、彼女はいち早く「複製人体部品(クローン・パーツ)作製」および「複製人体部品を使用しての治療行為」の資格を取得した。すぐに父親の経営する病院――この二海病院だ――で、クローン整形外科外来を開設している。 父親が亡くなった3年前から、院長として病院経営に専念しているが、かつてはクローン医療の第一人者と呼ばれていた。 トクホが収集した情報の中に、複製人間の人身売買に関する情報はない。二海愛照奈(アテナ)が同性愛者である、という情報もなかった。複製人間を作成していると聞いて、黒田はなんとなく「子供が欲しいと思ったのではないか」と、考えていた。 湯浅が口にした、「予想外」という言葉は、彼の気持ちの代弁でもあった。
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