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湯浅が自分の鞄から操り人形(パペット)を取り出した。左手にはめて指を動かし、口を開いたり閉じたりさせている。 いきなり、ぬいぐるみのパンダが胴間声(どうまごえ)を出した。 「やあ、こんにちは。ボクはパン吉」 パンダと湯浅が同時に首を傾げた。 「……ちがうな」 咳払いをして、やり直す。 「コンニチハ。ボク、パンキチ。キミト、オハナシ、シタイナー」 今度は高い声でパンダがしゃべった。オールバックの渋い中年男性が出している音とは、とても思えない。見事な腹話術だ。 どう見ても子供だましだが、複製人間(クローン)の少女達は絨毯にしゃがみ込んだまま、興味津々という様子で見上げている。見た目は大人でも実年齢は低い、ということをあらためて思い出させる光景だ。 上司の名人芸に見惚れている場合ではない。黒田は慌てて、ソファへと向かった。 被害者少女達の――子供達の――笑い声が聞こえてくる。次第に声が大きくなってきたようだ。黒田はソファの検分を続けながら、入って来たドアの方へ目を向けた。 湯浅は床に両膝をついた姿勢で、膝を抱えて座る少女達と腹話術で会話をしている。右手にはタブレット端末を持っていた。本署に画像を送って、状況報告やクローン達の由来人物(オリジナル)確認を行なっているのだろう。おそらく本署では今、応援に送り出す人選のやり直しをしているに違いない。女性のトクホが必要なことは、火を見るよりも明らかであるからだ。 ベルベットのごとく滑らかな手触りをもつ、革のソファに仕掛けはないものの、ところどころに汚れや()()が残っているのが気になった。仄暗い照明のせいで目立たないが、一部は血を拭き取った跡のようだ。病院地下にある秘密の部屋で何が行われているのか、想像すると胸が痛む。 今の黒田に出来ることは、与えられた仕事を忠実にこなすことだけだ。犯人を検挙し、違法なクローン製造と人身売買を止めさせることが、被害者を救うことに繋がると信じたい。あとは出来るかぎり早く、トクホの応援が駆けつけてくれないかと願うばかりだ。 (くるぶし)まで埋まるほど毛足の長い絨毯の上を、黒田はゆっくりと部屋の奥へ進んだ。革靴を履いたままなので歩きにくいことこの上ないが、上司に命じられているので、脱ぐ訳にはいかない。土足で布団を踏みつけているような弾力感がある。 「雲の上に立つと、こういう気分なのかな」 彼の呟きを、佐伯は耳ざとく聞いていた。 「浮かれてると、天国に行ってリアルに体験しちゃうよ。絨毯に汚染された注射針やガラス片が落ちているかもしれないから」 佐伯にしては非常に分かりやすい説明に、かえって馬鹿にされたような気がする。
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