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黒田は鞄に入れた備品を思い出しながら、聞き返した。
「上履き履いたり、靴カバーを被せたりするのだと思っていました」
「それはこちら側の話。臨時検査で清潔エリアに立ち入る時のことだよ。そちらは汚染エリアでの荒事が専門でしょ。足首までカバーする防護靴を履いていても良いくらいだ、ほんとはね」
佐伯とやり取りをしているうちに、天井まで達する金属製の扉にたどり着いた。おそらくここが病院への主な出入り口だ。
黒田は、さっそく錠前を調べた。扉には光学錠と暗証番号式電子錠の、二重ロックが使用されている。光学錠は挿し込む鍵の反射パターンを利用するので、機械式のピッキングは不可能だ。電子錠はさらに厳しく、キーのひとつひとつに指紋読み取り装置の付いている型だった。
「佐伯さん、これ開きませんか」
「開きまへんな。病院側のシステムは、そちら側と完全に分けられている。どの端末からも、そちらは見えない。配電設備や空調まで隔離している施設は、あまりお目にかからないんだけどね」
似非関西言葉は置いておくとして、「トクホでなければ医学研究者、そうでなければサイバーテロリスト」などと先輩達に評される佐伯の言うことだ。間違いはないだろう。遠隔操作によるドアの解錠が出来ないなら、今はここより奥を捜索することは不可能だ。
彼らが地下室に到着してから、このドアは一度も開いていない。院長は部屋の内か外、どちらかに必ずいる。こちら側にいてくれれば都合が良いのだが、結果は白い服の人物が消えた、アーチの奥を捜索しないと出せない。
黒田は念のために、鍵穴に細工を施すことにした。トクホ印のチューブから金属のペーストを絞り出して、指でよく捏ねて鍵穴に捩じ込んだ。空気に触れたペーストは1分足らずで固まり、鍵を挿すことはおろか、シリンダーを回すことすら出来なくなる。
まるっきり子供の悪戯だが、ドアを使えなくするという目的のためには極めて有効な手段だ。ペーストは専用の溶剤を使えば簡単に取り除くことが可能で、解錠の必要が生じた場合でも問題はない。
黒田は扉の下の隙間に、接近を感知して警報を発するドア・ストッパーを差し込んだ。鞄を拾い上げると壁伝いに歩き、部屋の反対側に開けられたアーチへと向かった。
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