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入り口のアーチくぐると、彼はあらためて部屋を見渡した。壁や天井に、身を隠す場所や仕掛けはないようだ。被害者達はこの部屋を寝室として使っているようで、空港やホテルのロビーのような大広間よりも、ぐっと生活感がある。女性の体臭が強く、それを打ち消そうとしているのか、花のような芳香剤の匂いがきつかった。
被害者達の肉体が、それだけ成熟しているということだろうか。精神は子供だましの操り人形に夢中になるほど幼稚なのに、体は男どもの興味を引き、人身売買の対象になる。
肉体と知能の不均衡な発達が、彼女達をどれほど不幸にして来ただろう。腹話術のパンダを見上げた少女達の瞳を思い出し、黒田は胸を掻きむしりたくなるほど哀しくなった。
部屋の中央まで進んでみても、人の気配は感じられない。ベッドの周囲および下に、人の隠れる隙間なども見当たらなかった。白い服の女性はドアの向こう、隣室に隠れているのだろう。
佐伯の声が、イヤホンから囁いた。
「警棒を手に持っていた方がいい。相手はたぶん、死に物狂いだ」
院長または共犯者の待ち伏せを考慮しての忠告だ。黒田は特殊警棒を取り出し、手首を革紐にくぐらせて右手に持った。
ドアを開けようと腰を落として、手を伸ばす。彼の指がノブに触れようとした矢先、金属が「かちゃり」と鳴る音がして、ドアが内側に開いた。
黒田は体当たりの衝撃を覚悟して、全身の筋肉を緊張させる。白いワンピースを着た少女が飛び出してきた。力が入って動きが鈍い彼の左手を横跳びでかわすと、部屋の中に躍り出る。
黒田は呼び止めようと、身を翻した。
「追うな。ドアに背を向けちゃだめだ」
佐伯の声に、ドアの前から飛び退く。少女が囮なら、開いたドアに無防備な背中をさらすのは危険だ。
「こっちは一人なのに」
「1件ずつ対応しよう。ドアを閉めて、あの子を追うんだよ」
黒田は、「おう」と答えた。先輩の言うとおり、出入り口は押さえてあるので慌てる必要はない。ドアの周囲を確認し、慎重に閉める。その間、少女は部屋の中央から、じっと彼を見ていた。
少女の見た目は小学校の高学年くらいで、体の動かし方やこちらを観察する様子も、ほかの被害者達とは違い年相応に見える。ならばなぜ、逃げないのだろうか。
声を掛けてみようと、黒田は少女に向けて手を差し伸べる。すると彼女は見えない磁力の反発を受けたように、反対側の壁に向かって飛び退いた。
「開けて、開けて。こわい人が来たの」
少女が悲鳴を上げながら壁を叩く。事態は急転した。
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