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黒田はイヤホンを2回タップする。呼び出し音が鳴り始める前に、佐伯の声が耳に響いた。
「隠し扉があるのかも。黒田、捕まえて」
どう言葉をかけて落ち着かせればいいのだろう。彼は12、3歳くらいの少女と、話をした経験がないのだ。
「あれを止めさせないと。外からは開けられない構造の隠し扉だと、後々厄介だから」
佐伯は彼のためらいに気がついているのだろう。具体的な指示を与えてきた。
「背後から近づいて、腕を掴む。先に声を掛けると、走って逃げて怪我するかも知れないからね」
黒田は床に鞄を置いた。なるべく足音を立てないように注意しつつ、壁を叩く少女の背後に回り込む。
「黒ちゃん、まるで児童を狙う変質者だね」
時機をわきまえない軽口を無視して、ひたすら壁を叩き続けている少女へ、左手を伸ばす。
「こわい人に捕まっちゃう」
突然、空気の漏れる音がして、壁に床から天井まで届く黒い筋が生じた。切れ目は一定の速度で、ゆっくりと広がっていく。
隠し扉だ。
黒田は前方斜め横へ移動し、中にいる相手の死角に入った。彼の存在を気にしていないのか、少女は胸の前で手を揉み、足踏みをしながら扉の開くのを待っている。
壁に生じた隙間が20センチくらいになったとき、女性の低い囁き声が聞こえた。
「黙れ。あっちの部屋に隠れなさいと、言っただろ」
「でも、こわい人たちが」
突如、壁から腕が突き出してきて、白い服の肩を押した。少女は怯まずに隙間へ入ろうとする。再び腕が伸ばされて、拳が胸を突いた。聞き取れないほど早口の、罵声が飛ぶ。
少女が淡いグレーの袖を掴むと、今度は足が伸びてきて腹を蹴った。呻き声を上げても、少女は袖を離さない。
佐伯の叫ぶ声が耳を打つ。黒田はすでに前方へ突進していた。身を低くして足を抱え込む。壁の隙間から、驚きの声が聞こえる。
膝と腿に腕を回したまま立ち上がると、相手はバランスを崩してよろけた。体のあちこちが壁に当たる音がする。驚きと苦痛を訴える声が、狭い空間に響いた。彼が片足を抱えているせいだが、無理な姿勢でいるのがよほど苦しいらしい。
女性は、「はなせ、はなせ」と喚き立てた。
離すつもりはない。苦悶の表情を浮かべて口汚い言葉で彼を罵っているのは、彼らが探していた二海院長、その人だからだ。
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