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黒田は院長に追いつくと、湯浅に向かって合図を送った。あらましについては、すでに佐伯が報告してくれている。上司はイヤホン越しに、「よくやった」と言ってくれた。
「これから院長を、そちらへ連れて行きます」
「無理はしないでおこう。二海はそこに留めて、監視してくれ」
院長が近づくことで、せっかく落ち着いた3人の少女達が逃げ出したら困る、ということだろう。彼女達は生まれてからの日数で言えば乳幼児だが、体は大人なのだ。3人同時に暴れられたら、力の加減など知らない分、湯浅の手にさえ余るかもしれない。
あと10分足らずで応援が来る。この場所で待機する旨を伝えると、院長は柔らかい絨毯の上に膝をつき、すぐに手をついて四つん這いの姿勢になった。黒田は足をすくわれないように1歩引いて、距離をとる。逮捕された衝撃のせいか、院長はそのまま動かなくなった。
中年女性が床に手をつく姿はとても惨めなものだが、彼の心に哀れみの情は湧いてこない。院長は少なくとも4人の複製人間を作り出していて、彼女達が今まで受けてきた苦痛と、これから背負うことになる苦しみに対して責任がある。犯した罪を償うのは当然のことだ。
院長が勝手に動くことはなさそうだと判断して、白い服の少女を探す。佐伯が口にしたほどの重大さは感じないものの、彼自身も気になることがあったからだ。大人の男性が怖いからだろうが、少女が助けを求めに行かなければ、隠れている二海を発見することは出来なかったかもしれない。
はっきりと思い出せないのだが、彼は以前どこかで、少女を見かけたことがある気がしていた。佐伯に言うとからかわれるだろうから口にしないが、画像を送って解析してもらえば、ぼんやりした記憶の正体が分かるかもしれない。
白い服の少女はアーチの内側にいなかった。隠し扉を閉じた後、院長の目を避けるように黒田の背後に隠れてついて来て、つい先ほどまで近くにいたはずだ。いったい、どこへ行ったのか。
黄色い声が大広間の反対側から上がった。階段下の入り口付近、被害者達がいる辺りからだ。いつの間に移動したのだろう。他の女性達が白い服の少女を取り巻いて、はしゃいでいる様子が見えた。
少女は湯浅の前に立って、パンダのぬいぐるみを指差していた。
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