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黒田は一歩前に出た。少女を庇うためだ。
彼の背後にいる少女達が作製された理由は知らないが、院長により地下室に監禁され、男達の劣情をそそるような格好をさせられていることは紛れもない事実だ。複製人間も基本的人権を持つ人間であり、虐待行為は決して許されない。二海が稀に見る悪質な犯罪者であるということは断固とした事実であった。
二海院長が膝を折った姿勢で、銃のような物体を構えている。狙いはこちらに向けられていた。逮捕されても最後まで諦めずに抵抗するのは、ただの悪あがきか、それとも何か勝算があるのだろうか。
「あれは暴徒鎮圧用の空気銃ですね。強力な麻酔粉薬球弾を発射するために使われていました」
佐伯はもう、相手の持つ凶器を特定してしまったらしい。
「粉薬球弾の有効射程は10メートル、短針弾を撃ち出した場合の射程は18メートル。命中精度は低く、射出される弾丸に破壊力はありません」
威力はなくとも、粉薬球弾は命中すれば一瞬で、微細な粒子を半径2メートルの範囲に拡散する。粉末状の麻酔薬は目や鼻、口の粘膜に極微量が付着しただけで成人男性を昏睡状態にしてしまうので、相手の体のどこかに当たりさえすれば良い、ということだ。
「連射は可能なのか」
湯浅の問いに、さっそく返答があった。
「安全のため、発射ごとに弾丸を装填する必要があり、連射は不可能です」
黒田は院長に向かって3歩近づいた。
湯浅を回復させる際に湧き上がった怒りがそのまま残っていたのだろうか、彼の胸で炎が燃え続けている。このまま近づいて、隙あらば二海を取り押さえるつもりだった。
「黒田、右に少しずれてくれ。湯浅さんの位置からだと、院長の手元が君で隠れてしまっている」
彼は助言に従って横へ移動すると、声を張り上げた。
「無駄な抵抗はやめなさい。空気銃1丁では何も出来やしない。こちらの応援は間もなく到着する。武器を床に置いて、1歩下がりなさい」
院長は頬を硬直させ、眉を寄せて渋面を作ると、両手を銃に添えて片目を閉じた。銃身の先がこちらを向いている。どうやら彼に狙いを定めたようだ。
拳銃型の空気銃は狙撃に向かない。弾丸の射出速度も遅く、飛距離も短いからだ。相手が撃ってきたら、とにかく左右に動いていればたいてい当たらない、そう聞いたことがある。
二見愛照奈の細い指が、引き金にかかった。
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