門扉

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黒田の声に、熱がこもる。 「やっと中に入れますね」 湯浅は頷いたが、声に出して返事をしない。 黒田は焦りを感じた。急がないと、犯罪者に時間を与えることになってしまう。 過去の事例では、犯人は証拠隠滅のために冷凍胚を処分し、培養中の人体や生み出した複製人間の始末を行おうとする。犯罪を隠すため、あえて殺人を犯すのだ。 クローン法違反は重大犯罪であり、とくに複製人間作成には無期懲役以上の刑罰が科せられる。被害者の保護または遺体の発見により、確実に犯罪の立証が可能だ。 一方、遺体が解体されたり、薬品等で処理されたりした場合、殺人罪での立件は難しくなる。弁護側が展開する、「遺体の一部ではなく、クローン移植用の人体部品」という主張を、否定することが極めて困難だからだ。 犯人を逮捕しても、脳を含む頭部が見つからない場合、トクホは凄惨な犯行現場の隅から隅まで、証拠を求めて探すことになる。黒田は頭に浮かんだ映像を振り払うため、首を左右に振った。 クローン規制法は「複製人間」と「脳」の製造を禁止しているが、移植用の人体部品製造については、条件付きで認めている。怪我や病気で身体の一部を失った者や、先天的な障がいを持つ者にとって、クローン技術で作成された自己の健全な肉体を移植することは、健康で文化的な生活を営むために持つ、当然の権利だからだ。 クローン移植によって、どれほどの人々が救われたか。それは医学の進歩によって人類が手に入れた、素晴らしい恩恵である。黒田の頭皮移植も――成果は上がらないが――その一例だ。 黒田は再び、上司に声をかけた。 「速やかに突入しましょう」 湯浅はすぐに返事をしない。トクホとして10年以上の経験を持ち、幾度も修羅場をくぐっているのだ。おそらく突入した際に起こり得る事態の、想定訓練を行なっているのだろう。 やがて底響きのする声が、厳かに告げた。 「あゝ」 黒田は深く息を吸うと右手で握りこぶしを作り、ぐっと力を入れて鼻から息を吐いた。彼なりの気合注入である。 「トクテンケンを行使する」 トクホの慣習に従い、彼は、「おう」と低い声を発した。
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