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番犬
ドアの内側は6、7平米の空間で、照明も、明かり窓も無かった。開け放ったままの入り口からの光で、突き当たりに錠の付いていないドアが見える。扉の開閉監視装置もなく、監視カメラの一台もないのは、ここからの出入りが想定されていないからだろう。
「寒冷地のような二重扉の構造ですね。ということは、奥には温度や湿度の変化に敏感な設備があるのかも知れませんよ」
黒田はクローン胚の保管容器や培養槽の並ぶ、研究室のような場所を連想していた。トクホに寄せられた密告メールによれば、病院内では複製人間の製造が行われている、というからだ。
「あゝ」
湯浅の返事は彼の憶測を否定していた。
「違いますか」
「匂いだな」
言われてみれば、鼻から吸い込んだ空気には洗浄剤の匂いに混じって、微かに刺激臭がする。汗に濡れた毛皮と排泄物の臭いだ。
「動物園の匂い……、いや、これは獣の臭気ですね」
「あゝ」
二重扉は外の空気が直接入るのを避けるためではなく、中の臭気を外に漏らさないように設けられているのかも知れない。彼の脳裏から試験管や培養器具の映像は去り、代わりに改造動物や合成生物の檻が積み上げられた、薄暗い倉庫が思い描かれた。
「あのプチ・パンダ、ここから逃げ出したのかも。それにしても垂れ込みの内容とは、かなり違いますね。これじゃまるで、悪質なブリーダーの摘発だ」
湯浅は返事をせず、手振りで開け放されたドアを示した。
「袋の口を広げておけば、いいですか」
黒田が口にしたのは、ドアに特製ストッパーを挟んで解放状態に固定することと、警察への出動要請を行うことを意味する隠語だ。
彼は上司の、「あゝ」という返事を聞いて、鞄を開いた。取り出したのは、自動二輪車用の盗難防止装置よりも頑丈な、電波中継機能付ドア・ストッパーだ。装着により緊急時の脱出経路と、電波遮蔽された屋内や地階での連絡手段を確保することができる。
「俺は中を調べる」
湯浅は音も立てず、ふたつ目のドアを開いた。
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