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門扉
黒田祐介は落ちていく汗を目で追った。革靴のつま先に汗が落ちると、次の汗が後を追って鼻先から滴る。7月の太陽がほぼ真上から照りつけ、首の後ろをじりじりと焦がした。
バス通りからビルディングスの間へ入り、乾燥した苔の匂いのする路地を奥へ奥へと進んだ場所にある、30平方メートルほどの空き地だ。四方はコンクリートの壁で、見下ろす窓は一つも無い。上司の湯浅とともに佐伯からの連絡を待って、もう30分が過ぎていた。
強い陽射しで地面に落ちた影のふちが、光学ディスクの記録面のようにオーロラ状の反射光を放っている。草の葉や錆の入った鉄の棒、ひびが入ったコンクリート・ブロックの縁など、目に入るものの輪郭は異様にくっきりと浮かび上がっていた。地面からの照り返しがきつく、靴底からも熱が伝わってくる。風の通らない場所なのに、家庭用の冷蔵庫ほどもある2台のエアコン室外機が設置され、熱を帯びた空気を吐き出していた。
特定保健衛生管理局東京本署・保健調査部第一課の課長、湯浅は日に焼けた肌を手拭いで押さえ、汗を吸い取らせている。黒田は左隣にいる上司を仰ぎ見て、溜息をついた。沈黙に耐えかねて、「この空き地はまるでサウナ風呂のようですね」と、声を掛けようとしたのだが、表情を見てやめたのだ。
「どうした、体調でも悪いのか」
めずらしく、湯浅が声をかけてきた。
「僕は暑いの、ほんとうに苦手なんですよ。いっそのこと中へ入って待ちませんか」
黒田は空き地を囲む鉄筋コンクリートの壁にある、たった一つのドアを指差した。本気で提案しているのではなく、気分転換のために会話を促したつもりだ。
「あゝ」
湯浅は気乗りしない返事を寄越しただけで、口を閉ざしてしまった。表情は苦い。筆を横に勢いよく払って描いたような太い眉が中央に寄せられ、眉間にしわが寄っている。
黒田はまた、溜息をついた。いつもに増して不機嫌そうに見えるのは、先ほど違法な「プチ・パンダ」を見かけたからだろう。
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