野良僵尸誕生

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「そうですが」  年の頃は四十過ぎ、顎髭を蓄えている。張り出た腹が重たそうだが、顔立ちは温厚に見えた。 「失礼しました。私、隣町の金優雨(ジン・ヨウユー)と申します。実は最近夜になると僵尸が出るようになりまして、町の全員が困っているのです。どうか、お助けくださいませんか」 「私は、謝す、李です。李明浩(リィ・ミンハオ)です。それで、僵尸ですか」 ――知り合いでもない李先輩、重ね重ねごめん。名前も使わせてもらいます。ちょっと変えたから許して! 「ええ、李道士……恰好を拝見する限り、休暇中ではないかと存じますが……何卒、何卒私どもの命を……!」  そう言いながら、前金にと、いくらかの金を謝思凛に握らせた。先ほど稼いだ倍はある。謝思凛は頷いた。 「承知しました。それでは法術の準備を整えて参ります」 「有難う御座います。有難う御座います! それでは、酉の刻になりましたらお迎えに上がりますので、またここで」 「はい。宜しくお願いします」  どのような僵尸か聞いていないが、それは特に知りたい情報ではない。例えば、十体以上の大群だとすれば、最初からそう伝えるだろう。それがないのなら、一体、もしくは数体だ。謝思凛の手を煩わせるものではない。 「さぁて、僵尸退治の準備をしようか」  思いがけず資金調達がものの半刻で済んだ。謝思凛はすぐ服屋へ飛び込んだ。専門の店ではないので道士の服は手に入らなかったが、それらしく見える服を購入した。生前は白銀の漂亮に合わせて白を基調とした服を好んでいたが、知り合いと鉢合わせて身分がバレるのは頂けなく、正反対の黒い服にした。店を出て物陰に隠れ、漂亮に指を当てて、こちらも色を黒に変える。一番の問題は顔であるが、仮面などを被って視覚を狭くしたくない。ついでに購入した化粧用の赤い色をのせられる筆を取り出し、両目尻に赤い線を引いた。  これで、よほど親しい者や家族でない限り、他人の空似だと誤魔化せるだろう。赤い線を引いたのは、白い顔色を誤魔化す為でもある。他の店で何も書かれていない護符を束で購入し、前金の大半を使い果たした。  その足で山へ戻る。予想通り荷車にはまだ主は戻ってきておらず、そこに服を畳んで置いた。両腕を前へ出して両手を組み、挨拶をする。 「お世話になりました。約束通りお返しします。洗濯出来ずに申し訳ありません」  本当は直接礼を言いたかったが、仕方がない。最低限の礼儀を持ってこの場を去る。李浩明に幸せが訪れますように。  川を鏡代わりにしながら、長く伸びた黒髪の上半分を頭上で結い直す。髪の毛には霊的な力が宿るとされ、謝思凛も腰に届く程まで伸ばしている。爪もしっかり整えた。するとどうだろう。くっきりとした二重の瞳に長い睫毛、整った真っすぐの眉と、先ほどまででも十分な見目をしていたが、そこに上品さが加わり、まるでどこぞの貴族と見紛う出で立ちとなった。 「まだ少し早いけど、やることもないし戻るか」  先ほどの場所まで戻ると、すでに金優雨が立っていて、右へ左へそわそわしながら歩いていた。眉が八の字に垂れていて、彼の心情が窺える。 「嗚呼、李道士……! お早いですね、有難う御座います。さっそく出発しても宜しいでしょうか」 「構いません」  安堵のため息の音が聞こえてくるようだ。それほどの困り事らしい。やや急ぎ足の彼に合わせて、並んで歩く。金優雨が汗を拭きながら、ようやくこちらへ笑顔を見せた。 「急がせてしまって申し訳ありません。休暇中だったのに、退治の準備もして頂いて」  服装のことを言っているのだろう。説明する必要はないので、曖昧に頷いておく。 「困っているとのことでしたが、僵尸は複数いるか分かりますか? 犠牲者はまだ出ていませんか?」 「二体はいると思います。それと不幸中の幸いと申しますか、死者はまだ出ていません。ただ、怪我をした者が二人程」 「怪我、ですか。噛まれたり、爪で貫かれてはいませんね?」 「いませんいません! 噛まれなければ、僵尸にはならないのでしょう?」 「いえ、噛まれずとも、鋭い爪で傷を付けられたら、僵尸になることもあります。ならないかもしれないし、なるかもしれない。絶対はありません」 「そうですか……二人とも追いかけられた時に、転げ落ちたり腕を振られた勢いで飛ばされたそうなので、おそらく直接傷は付けられていないと思います」 「数日経っていて無事であれば、問題ないでしょう。僵尸は私が退治しますので、もう誰も傷つくことはありません」 「李道士……」  涙ぐむ金優雨へ対応しつつ、謝思凛の心は静かに夕暮れとなった。 ――まあ、俺も僵尸なんだけど。
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