兄と俺と教育実習生

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 「はっ...あっけねぇの、」  俺は1人火葬場から出て、深く外の空気を吸う。外には自分以外いないはずなのに未だに俺の耳にはすすり泣く声や兄貴の早すぎる死を惜しむ親族の声がはり付いて離れない。  『歩じゃなくてあんたが死ねばよかったのに!!』  そう言って頬を手の平で打ってきた母さんの歪んだ顔も忘れることなく俺の眼に焼き付いている。  「チッ...」  ズキっとその時切れた口の端が痛み、俺の苛立ちは増していく。  ひよりからの電話を受け取ってすぐ、家に帰った俺を見た母さんはヒステリックに泣き叫び手を上げた。  近くにいた親父は母さんの暴言も暴力も見るだけで止めようとはしなかった。 止めたのはひより。泣き腫らして目を赤くし、枯らしてしまった喉に無理をして母さんを止めた。  ―俺の...せいだったのか。やっぱり、  頭をよぎるのは家を出る直前に兄貴に向かっていった一言。 俺が死ねって言ったから...あいつは死んだのか?死んだら好きになってやるって言ったのをバカ正直に信じたっていうのかよ。  ―死んだらそんなの意味ねぇって事に気がつかないのか。こんなこと考えなくてもわかることだろ。 そんなことも分からないほど...あいつは狂っていたのか?  「...っ」  胸にドロドロとした後味の悪い感情が滞って離れない。  兄貴の死。それは今までずっと願っていたことだった。それが叶った。...それなのに思っていたような喜びはない。  しかし別段、兄貴の死に対して悲しいわけでもないし後悔しているわけでもない。  ただ...まるで兄貴を俺の手で殺してしまったような錯覚に陥る。  ―なんで俺が罪の意識を持たなければならないんだ。あいつが...勝手に死んだだけなのに。  兄貴は首の骨が折れた状態で死んでいたらしい...自分の部屋の、ドアのすぐ近くで。 その話を聞いて俺は1つの考えが浮かんだ。  ―兄貴は俺が出ていってすぐ、その場で自分の首の骨を折って死んだのでは、と。  兄貴は異常だった。だからその推測がすぐに浮かんだ。  そもそも自分自身で自ら首の骨を折るなんて...そんなこと普通に考えたらありえないことだ。  首つりや飛び降りではなく、自分の手で自らを死へ導く。  よほどの決断が無い限り、常人にはできないことだ。  「...俺は、悪くない。悪くないんだ」  兄貴の、決断のきっかけは...俺じゃない。俺は、何も悪くないんだ。  だが、そう考えれば考えるほど俺の胸は締め付けられるかのように苦しくなった。  「結構遅くなったな...」  パチ、と部屋の電気をつけ時計を見れば時刻は夜10時を過ぎた辺りだった。  明日も朝早くから葬式関係の後始末をする、という理由で俺以外の3人はそのまま式場に泊っていた。  “あんたの顔なんか見たくもない。もう、帰ってちょうだい”そういう母親の言葉とともに俺は一人、家に帰ってきた。  何もする気が起きないまま、上着を放り投げなんとなしに部屋を出る。  そして部屋を出た俺の足は無意識のうちに隣の...兄貴の部屋へと向かっていた。  ガチャリ、と冷たいノブを掴んで部屋へと入る。  「ここで...あいつは死んでたのか、」  中に入ってすぐ俺は扉の近くを見て、そしてあたりをぐるり、と見回した。  ついこないだ、最後に俺が出ていったときと変わらぬ光景。いつもの...最悪な日常と変わることのない部屋の中。  一つ違うことがあるとすれば、ベッドの上に座り薄気味悪く微笑む兄貴の姿が無いことくらいか。  ―...?何だ、あれ...  その時、ふとベットの枕元に置かれていた手帳のようなものに目がいった。  「...手帳にしては、少し厚いけど。...これって、」  引き寄せられるようにベッドの方へ行き、手帳を手に取り中身を見た俺は眉をひそめた。  手帳の中には特に文字などはあまり書かれておらず...たくさんの写真が貼られていた。  それは全部俺の写真。一番前のページにあるものは中学のもの。そして最後のページにあったのはこないだとられたのであろう、俺の写真。  隠し撮りされているものから、セックスの最中のもの...ハメ撮りの写真もあった。  ―こんなの、いつの間に...っ、全く気がつかなった。  「こんなの他の奴が見たら...」  いつ家族の誰かが入るかもわからない状況でこれをそのまま放置するわけにはいかない。すぐに処分しなければ。  そう思った俺はすぐにその手帳をズボンの後ろポケットへと入れたのだが...  ――パタン...  「...っ!」  急に何かが倒れる音がして、後ろを振り向いた瞬間全身が硬直し、動けなくなった。  ―かなし...ばり...?  ドクドクとなる心臓。部屋の中は電気をつけていなかったせいで薄暗く、明かりといえば窓から射し込む月の光だけだった。  キシリ、キシリとなる床の音。それは四方八方から聞こえ、俺は恐怖で頭が真っ白になった。  ―クソっ、何なんだよ...っ、こんな...。もしかして....――兄貴、なのか...?  その考えがよぎった瞬間、俺の心臓は先ほどよりも早く、バクバクとうるさく鳴り始めた。  思い出すのは...兄貴と交わした最後の約束。  『死んでくれたらいくらでもあんたのこと好きになってやる!あんたの想う通りの俺になってやるよ!』  ひどい後悔の念がその時、生まれた。
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