教育実習生と俺

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教育実習生と俺

 「うわっ、誰もいねーし」  兄貴の誕生日の日、俺は家族と顔を会わせるのが嫌で早朝から学校へ登校した。  しかし教室には誰もおらず、シーンと静まり返っている。  はぁ、と俺はため息をし、自分の席に着くと暇つぶしに携帯を弄り始める。  「...っ、何だよ、これ」  早朝だ、ということも関係なく、俺のメールボックスには新着が十数件きていた。  何気なくそのメールを見た俺だが、その内容に眉をひそめる。  それらは全て友人からのものなのだが、その全てにある共通な部分があった。  “歩さん”“誕生日おめでとう”これらの単語が含まれたものばかりだったのだ。  中には俺の誕生日の時などメールも何も送ってこない奴らも多くいた。  ―何が、伝えておいて...だ。てめーが直接言いに行けっての。  そして俺は1件も返信することもなく携帯を閉じ、机に突っ伏した。 ー ーー ーーー  「渉、今日は歩さんの誕生日だろ?めでたいよなぁ。あー、なんかプレゼント用意しとけばよかった」  「何々、お前用意してないのかよ。俺はちゃんとしたぜ?ほい、渉。これ、歩先輩に渡しておいてくれよ」  ぽん、と小包を投げられ受け止めたそれを俺は機械的に鞄の中へと放り込む。  ――こんなの渡したってあいつは全部捨てちまうのに。  たいして奴らは兄貴と絡んだことはないはずなのになぜこんなに俺の兄貴を尊敬し、愛するのだろう。  いつもお前らと一緒にいるのはこの俺なのに。この差は何なんだ。  中学も高校も俺と兄貴は学校が違う。したがって俺の周りの奴らも兄貴のことなど知らないはずなのだ。  しかし周りの奴らはまるで兄貴と部活動なんかの先輩と後輩の関係であるかのような雰囲気を出してくる。仲のいい親しげな雰囲気を...。  一体いつ、どこで会ったりしたんだ。俺の知らないところでこいつらは皆兄貴と会っているのか。  「...っ、」  分からないことばかりだ。こんなことばかり考えているせいか、徐々に気分が悪くなり胸がむかむかとし吐き気がしてきた。  ――相当俺の神経も細くなってきてんな。  「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」  授業をさぼって空き教室で過ごしていたのだが、ついに限界が近づいてしまった俺はその場を離れることにした。  青ざめる俺の顔を見た友人たちも、急な俺の変化に驚きはしても止めることはせずただただ俺の後姿を見送った。  「渉君、どーしてこんな時間にプラプラしてるのかな」  「...土屋、」  誰とも会いたくなくて人通りの少ない旧校舎の方へと来たのだが着いてすぐ、若い男の声に呼び止められた。  振り向けばそこには最近来たばかりの教育実習生の土屋という男がいた。  女子生徒からはかっこいいと人気で男子生徒からも人柄の良さからか、人気である男。  「おいこら、せめて“さん”をつけろ。土屋じゃなくて土屋さん、な。先生ってつけるのが嫌だったら」  そういい俺の不意をついて肩を組んでくる土屋を横目で睨みつける。  土屋は兄貴の同級生らしく、なぜか俺が兄貴の弟だということを知っていたこいつはここに来た当初から無駄に俺に絡んできた。  どうせ俺をだしに兄貴と仲良くなろうとしているのだろう、とこいつの意図を把握している俺はいつも相手にしないのだが、こいつはそんなことも気にせず俺に近づいてくる。  「どうせサボりなんでしょ?だったらさ、俺とゆっくり腹を割って話そうよ」  「“先生”がそんなこと言っていいのかよ?それに俺はあんたと話すことなんかないから」  トン、と軽く土屋の体を押し、距離をとると一瞥しそう言葉を吐き捨てる。  そして立ち去ろうと土屋に背を向け一歩踏み出したのだが、俺は次の一歩を踏み出すことができなかった。  ――土屋に強く腕を掴まれたせいで。  「そんなこと言わないでさ、なぁ...交流を深めようよ、渉君」  「...ちっ、」  いつにも増してしつこい土屋に俺は舌打ちする。  「しつけぇな...何、あんたも兄貴のことについて俺に話があんのかよ」  きっと兄貴の誕生日だからこいつも今日はしつこく絡んでくるのだ。何か渡してほしいものでもあるのだろう。  さっさとこいつから離れたかった俺はそう思い、「兄貴に渡すもんあるなら早く持ってこい」というのだが、当の本人は俺の発言に対してキョトンとした顔をしていた。  「歩のことについて話すことなんかないけど...渡すもんも、何もないよ?」  「は?...変に誤魔化すな。あんたも今日は兄貴の誕生日だから――」  「え、ちょっと待って、なんか勘違いしてない?本当に俺は別に歩にはなにも用事はないよ。てか歩の誕生日が今日だったっていうのも今、初めて知ったし」  「...それ、マジかよ」  「本当本当!こんなことで嘘なんかつかないって。俺はただ渉君と話したいだけ」  そう聞いた瞬間、俺は土屋を見る目を少し和らげた。  ――こいつは“兄貴の弟”である俺を見ていたわけではないのか...?  「ふーん...それならいいけど」  「...と、いうことで、ちょっと俺につきあってよ。誤解も解けたことだしさ」  「それとこれとは話が違う」  俺のまとう雰囲気が変わったことに気がついたのか、途端に土屋はなれなれしくまた肩を組んでこようとしたが俺はスルリとそれを避けた。  しかしすぐそこから立ち去ることはせず、俺はポッケから携帯を出すとズイと土屋の前に突き出した。  「直接あんたと話すのは嫌だけど、機械越しのコミュニケーションなら別にいいぜ?」  そしてその言葉の意味を理解し笑顔を浮かべる土屋に俺はニヒルな笑みを返した。  「どいつもこいつも何だってんだよ」  あれから結局俺は早退し、家に帰ってきた。 周りの奴らの声に堪えることができなかったのだ。友人たちの俺ではなく、兄を求める声の数々。 俺にはそれらを堪えることができる忍耐力などもう持ち合わせていなかった。  「全部あいつのせいだ...」  持っていた鞄をてきとうに放り投げ、着替えを済ますと倒れるようにベットの上へと横たわる。    苛立ちで精神が安定しない。何もする気になれない。胃がキリキリと痛んだ。
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