兄と俺と教育実習生

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 「...急に、悪い。」  「大丈夫だよ。それより中に入って。外寒かっただろ?」  マンションのチャイムを鳴らし、開けられた扉の先にいたのはあの教育実習生...土屋の姿だった。  寒空の下にいたせいで冷えた体を包み込むようにして土屋は俺を中へと引き入れる。  「それにしても渉君から電話が着た時は驚いたよ。って、言っても嬉しさの方が大きかったけど。」  「あんただったら暇そうにしてると思ったんだ」  家を出てすぐ、俺が携帯を片手に連絡を取った相手は土屋だった。  はっきりとした理由はない。ただ、なんとなく...ダチよりも先にこいつのことが頭に浮かんだ。  「ま、兄弟喧嘩して苛々してんなら、これでも飲もう。ほら、座って」  「へぇ、準備いいじゃん。つーか、未成年にそういうの飲ませちゃうんだ。先生のくせに。」  「いいんだよ。俺もお前ぐらいの時は飲んでたし。それにお前もとっくに酒なんて飲んでんでしょ?」  冷蔵庫から缶ビールを出した土屋はそれを俺に投げ、ソファに座るよう促してきた。  ―1人暮らしの男の部屋にしてはやけに片付いてるな。  ボフっ、とソファに座りあたりに目を向ける。きっと汚いだろうな、と想像していただけに何だか少し拍子抜けしてしまう。  「なぁ、土屋って彼女とかいないの?」  「うーん、寂しいことにいないんだよね。てか、1カ月前に別れたばっかなんだけどさ」  「へぇ。そりゃ、お可哀そうなことで。」  彼女がちょくちょく来て片づけでもしているのかと思ったが、違ったらしい。  ってことは結構こいつ几帳面。...確かに見た目だけを言えば好青年な感じでそこまで不思議でもないが...しかし中身はそこまで好青年じゃないんだよな。  「じゃあ、渉君は彼女とかいないの?」  「...いない」  「あははっ、渉君もいないんじゃん」  おどけた様子で笑う土屋。しかし俺は作り笑いさえもできなかった。  ―兄貴がいる限り、彼女なんてそんなものできるわけがない。いや、作るのが怖い...と言うべきか。  それに本命も兄貴にベタ惚れだし。  「そんなに落ち込むなって!ほらほら、たくさんあるから好きなだけ飲んで元気だしなよ」  そういいニコリと笑った土屋の笑顔は、、昔見た兄貴の笑顔と少し重なって見えた。  『...ぁっ、くっ...土屋、苦し...い、』  『でも、渉君のすごい元気なままだよ?』  『それ、でも...あっ!待っ...まだ...うっ、』  『大丈夫、大丈夫だから...さ』  仰向けで折り曲げられる体。足は胸につくほどまでの近さにあり、すごく息苦しい。  しかし、そんなこともお構いなしに土屋は俺の中を激しく掻きまわす。  『うぅっ...あ...ん、んっ』  『はっ、すご...渉君、ちゃんと俺とヤったこと覚えててよ?』  ぼーっ、とする頭の中、そう耳元で囁く土屋の声が聞こえる。  だけど連続的に与えられる前立腺への刺激で思考はままならず、また先程まで飲んでいた酒のせいもあり俺はそれに応えることもなく、ただただ喘ぐだけ。  『今までいろんな奴とヤってきたけど...渉君が一番だよ』  優しい声音の土屋。しかし俺を攻めたてる律動は息をするのもままならないほど激しいものだった。  『土、屋...つ...ちや、』  『渉君...』  近づく顔。そして荒々しい律動とは打って変わってそっと唇は重ねられる。  「んん...っ、ふっ...ぁ、土屋...」  「おはよう。俺の目覚めのキスはどう?渉君」  「...最悪」  息苦しさで目を開ければ夢の続きかの如く、視界に広がる土屋の顔。  とん、と土屋の肩を軽く押し、体を起き上げるが頭が痛みそれに比例して胸やけもひどく、俺はもう一度ベッドに横になった。  「大丈夫?二日酔いかな、」  「結構やばい、」  ―しかも腰痛いし、喉の調子も悪い。  「まぁ、ゆっくりしていきなよ。今日学校休みでしょ。俺は昼から行くけどさ...ねぇ、渉君、昨日のことちゃんと覚えてる?」  「...っ、今の自分の状況を考えれば...嫌でも思い出す。」  スッと背中から腰にかけて、意味ありげに撫ぜられ一瞬息が止まる。  そして同時にひどい後悔が胸の内を押し責める。  “土屋とヤった”その事実を改めて考えさせられると、やけにそのことが重く感じられた。  「よかった。それよりもさ...渉君、男慣れしてるよね。結構すんなり後ろも入ったし、なんか雰囲気も慣れてる感じ...それに、体中にすごい...痕残ってるよ」  「...るせぇ、勝手に推測するな。あんたには関係ないだろ」  「ひどいなぁ、こんな親密な関係になったのに。あっ、そう言えばさっきから携帯なってたよ、何回もしつこく」  そう言うと土屋は一度俺から離れ、机の上にあった俺の携帯を持ってきた。  「へぇ、気が利くじゃん。先生」  「生徒には優しく接する主義だからね」  「は?でも、昨日は全然優しくなかった気がするけど」  「それはそれ、これはこれ、さ。」  「ふーん、都合いいもんだな」  俺の言葉に土屋は誤魔化すような笑みを浮かべ、俺に携帯を渡すと先程と同様ベッドの上に腰掛けてきた。  ―きっと全て兄貴からのものだろう。俺がどこかに泊れば連絡有り無しに関わらず、夜から朝までメールと電話攻めだから。  「...え?ひより、から...」  ...と、思っていたのだが、画面に写し出された名前は全てひよりからのものだった。 その数は数十件にも及んでいて、少し異常な光景だった。  そのせいで変な予感がしてドクリ、と心臓がうるさく鳴り始める。  「...ちょっと電話掛けるわ」  「はい、どうぞ」  すぐに俺は履歴からひよりの番号を出し、かけ直す。  ―何だ、この胸騒ぎは。  いつもと違う日常。何かが...変化したのか?  「あっ...もしもしひより。電話出れなくて悪い、渉だけど...」  Prrrr...とワンコール鳴ってすぐにひよりは出た。しかし話している途中でひよりはひどく沈んだ声で俺の名を呼び、  『――――っ、』  「....は?どういう...ことだよ。意味が...」  だが、それ以上聞こうとするとひよりは大声を出して泣き始め、そのまま電話切ってきた。  ツーツー、と鳴る機械音。暗くなる画面。俺は未だに状況が上手く掴めず、茫然としていた。  「どうかしたの?渉君」  すると、そんな俺を見て土屋は心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。  でも俺は焦点の合わない目でしか土屋の顔をとらえられなかった。  喜びとも何ともいえない複雑な感情が胸を占める。いまだに信じられない。こんな...現実...。 ー ーー ーーー  「兄貴が...自殺して死んだって、」  その言葉は静まった室内でやけに大きく聞こえた。
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