居酒屋にて

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居酒屋にて

「連絡もなしに尋ねてくるんじゃねえ!」 チェーン居酒屋のカウンター。 僕の隣の席で、子供のころからの親友である岩田純一は、マルボロの先端にライターで火をつけた。 「って、言ってやったわけだよ。その女に。  妻帯者の家にアポなしとかマジありえねえだろ」 そう言って、純一は「ふー」と紫煙を吐き出した。 最近、取引先の常務の娘と逆玉婚に至った純一から、飲みの誘いがあったのはつい一時間前。 なんでも、当初は家で奥さんと純一の母親と3人で過ごす予定だったらしい。 けれど、急な用事で二人は外出し、純一だけが家に残され、せっかく暇になったのだからと僕を誘ったそうだ。 せっかくなので男同士、二人で羽を伸ばそうというわけだ。 結婚してこの幼馴染と会うことも少なくなると、寂しく思っていたので、僕は喜んでこの誘いを受けた。 「ありえないのは、結婚して、まだその娘と関係続けてる純一だろ」 純一と結婚した女性は、ユリさんという。 その名前の通り純粋で美しい女性で、海外の血が少し入っているらしい。 あの人を妻にしておきながら浮気をする純一の神経はいまいち僕にはわからない。 「てか、大丈夫かよ。  その娘ってあの黒髪ストレートで、フワフワした服の、妙に花言葉とか星占いとか詳しいあの娘だろ」 僕も会ったことはあるが、チョコレートに髪の毛でも入れそうな雰囲気のある娘だった。 「だいじょーぶ。あれから引っ越したし、携帯も着信拒否してるからな」 「本当かよ」 「ほんとほんと、その証拠にあれから、俺、あいつの姿見てねえもん」 笑いながら、純一は再度マルボロに口をつけた。 家ではたばこを吸ってはいけないと、奥さんから厳命されているそうだ。 純一の今住んでいるのは、ユリさんの親に金を出してもらって建てた新築の一軒家だった。 一度僕も訪ねたことがある。 白い外壁がまぶしい、赤い屋根の立派な家だった。 「純一がそういうなら、信じるけどさ」 「そうそう。それによ。実は今ちょっとそれ以上に気になることがあるんだよ」 「気になること?」 「ああ、おふくろのことなんだけど」 純一は、マルボロの火を灰皿に押し付け、消した。 灰皿から、うっすら煙が上がる。 ぽつりぽつりと、純一は自らの母親のおかしな行動について話し始めた。
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