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致命的な失態
「多分だけど、おばさん。花言葉なんて気にしてないぞ」
「じゃあ、偶然だってのかよ。こんな変な花言葉の花ばっかり?」
釈然としない顔の純一。
「変な花言葉の花だから。だよ。
花屋ってのは、別に贈り物の花ばっかり扱ってるわけじゃないだろ。
例えば、生け花とか、業者用の花とか。
それ単体で使わないアクセントとしての花とか、色とか形とかだけで選ぶ花とかもあるわけだ。
そういうのは半端に売れ残っても、買い手はないだろうし。
知識のない人に売りつける花屋がいてもおかしくないだろ」
「おふくろが売れ残りを押し付けられてるっことかよ」
「おばさんが自分で変な花をチョイスしてるって考えるより、現実的だろ。
花言葉なんて知らなけりゃ、花自体はしゃれた手土産に悪くないしさ」
そう言って、僕は皿に乗ったままの焼き鳥をほおばる。
店の入り口で自動ドアが開く。
騒ぎながら入ってきた大学生の集団を見て、自分が年を取ったことを実感した。
僕にもあんな時があった。
30超えた今では考えられないくらい無鉄砲なこともしたものだった。
「それに、花言葉なんて、結構いい加減だぜ。
さっき出たイチイなんかは、悲哀とか憂愁の他に高尚なんてのもあるし。
ニリンソウはずっと離れない。の他に協力なんてあるから、いつでも頼ってきてね。って意味にもとれるし」
他の花にしても、花言葉は2~3個あって、そのうちの1個くらいはポジティブなものが含まれている。
どの花言葉を、どう受け取るかは、受け手次第だろう。
「なんなら、良い方の花言葉だけを紹介されてるのかもしれない。
マリーゴールドの花言葉は「変わらぬ愛」です。新婚の夫婦にはぴったりのお花ですよ。なんてな」
ついでに、ちょっと気になったことを聞いてみる。
「ユリさんは、このことについて何か言ってるのか?」
「いや、なにも。大輪のひまわりみたいに笑ってるだけで、分かってるのかどうか」
女の人の方がこういうことは詳しいとは思うけど。
知っているにしろ、知らないにせよ、何も言わないということは、ユリさんに事を荒立てる気はないのだろう。
「ついでに花言葉って色や数や種類なんかでも変わるしな。ついでに言うと日本と海外でも違うし」
「う~ん。そう言われると、今日おふくろが持ってきたアイビーの花言葉は「結婚」「誠実」なんてもんだったし。
ちょっと、神経質になりすぎてたかもな」
純一は、一応納得したようだった。
「ちなみに、さっき、お前がユリさんを大輪のひまわり。なんて言ったけど。
あれの花言葉、偽りの愛だってさ。心当たり、あるか?」
「ねーよ」
その話はここで終わり、しばらくの間、くだらない話をして店を出た。
「今日はありがとな」
去り際に、純一が言った。
「気にすんなよ」
僕は軽く笑って答える。
街灯が灯り、車のヘッドライトが行き交う繁華街、僕と純一は手を振って別れた。
花も人も移ろうものだ。
ただ、この幼馴染との友情だけは、移ろわずにいてほしいと思う。
家に帰ってから僕は、ふと、気になってアイビーをスマホで検索してみた。
星みたいな葉っぱをいくつも垂らした、つる性の植物の画像が表示される。
結婚式のブーケなんかで使われているのを見たことがある。
花言葉は「結婚」「誠実」
そして、「死んでも離れない」
それを見た瞬間、僕は自分の浅はかさに気付いた。
すぐに純一へと電話を掛けるが、つながらなかった。
タクシーを止め、純一の家へと向かう。
間に合え。間に合え。その言葉だけを、僕は後悔とともに、タクシーの座席でつぶやき続けた。
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