声だけ聞けば

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声だけ聞けば

俺が綿棒を持ってくると、兄貴はありがとう、と言って自分の膝をぽんぽんとして来た。 「え、なに」 「ちっちゃかった時みたいにさ、膝枕してあげる」 「え、やだ」 思わず後ずさる俺の腕を、兄貴はぱっと掴んだ。 「いーからいーからー」 兄貴に力で叶わない俺は、あれよあれよという間に膝枕されてしまった。 「左耳からねー」 横に膝枕されてる状態で左耳を上にすると、俺の目の前には兄貴のお腹がある体勢になる。 「あ、兄貴」 「なあに?」 俺が兄貴の顔を見上げると、無駄に距離を詰めて顔を合わせられた。 「その、俺、耳こしょばくなると思うから……優しくしてね」 「ッ……」 おいなんでそこで黙る。 笑いこらえてんのかコノヤロウ。 「やばい……」 「何がだよ」 「……何でもないっ始めるよっ」 ……とか言いつつずっとぶつぶつ言ってる兄貴は怖い。 顔をまた兄貴のお腹の前に戻した。 ……兄貴っていつも謎にいい匂いなんだよな。 同じ柔軟剤使っててもなんか違うっていうか。 兄貴の服をすんすんしてた俺だが……。 「……!?」 いきなり左耳に綿棒をつっこまれ体がびくっとなってしまった。 「ふっ……んん、あっ、そこっ、こしょばいっ」 優しくしろと言ったのは俺だが、兄貴の仕方が優しすぎて、綿棒が当たるか当たらないかの部分がすごくこしょばい。 思わず体を縮こませ、兄貴の腰に手を回してぎゅっとしてしまう。 「んぁ、んんー……」 「はい、終わり、反対」 突然兄貴が強引に俺の体を反対に向かせる。 「え、ちょっと早くね?」 「いいのいいの俺はプロだから仕事早いんだよはい右耳」 「お、おう……?……ん、ぅ、……ふ、あ、だから、こしょばいっ、」 今度は何もしがみつくものがないので、思いっきり体を丸めてしまう。 「ッ……、はい終わりっ、終わったよ冴!」 え、今度はさっきよりも早くね? 俺がむくりと体を動かすと、兄貴はさっさと立ち上がって綿棒をなおしたあと、二階へ上がってしまった。 え、なに、なんなの。 ていうか、耳掃除速いな。 小さい時はずっと兄貴に耳掃除してもらってたけど、やっぱりそれくらいのキャリアがあったら一回の耳掃除も早いのか? 何でも完璧にこなせる兄は、耳掃除もお手の物ってわけか。 いや完璧すぎてこぇーわ。 ていうか、なんですぐ二階へ行ってしまったんだろう。 俺に対しての返事もそこそこに。 もしかして、耳掃除してもらってる途中うるさかったから、ちょっと怒ってたり? 冴が変な方向に頭を使っているとき、楓が自室で必死に理性を保とうとしていたのは言うまでもない。
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