養殖トビマンボウが大空を舞う日

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 父の後を継ぎ、私がトビマンボウ財団の代表を務めるようになってからの十年で、トビマンボウが生態系において果たしていた重要な役割が次々と明らかになった。  例えば、大発生したソラクラゲがロコモコノキを食い荒らし森を荒れ地へと変えてしまう現象が近年数多く報告されているが、これもソラクラゲの天敵であるトビマンボウの減少が原因と考えられている。  その一方で、養殖トビマンボウが空を飛べない原因については長らく手がかりすら掴めなかったが、昨年になって突然状況が変わった。  海外の研究機関が、トビマンボウの浮遊に必要なガスはトビマンボウ自身ではなく共生細菌が産生していること、そしてこの細菌は、トビマンボウの産卵と同時期に散布されるロコモコノキの花粉に多く付着していることを発見したのである。  その研究機関が出した論文では、トビマンボウの卵についているタンポポの綿毛状器官はこれまで単に滞空時間を延ばすためのものと考えられてきたが、実際はそれだけではなく共生細菌をロコモコノキの花粉ごと絡め取る役割もあるのではないかと推測していた。  そう言われてみると、長年にわたりトビマンボウの養殖に携わってきた私にも一つ思い当たる節があった。  孵化直後のトビマンボウの稚魚は、まず最初に卵に付着していた綿毛状器官を食べるのである。私達はこれまで、この行動を単に栄養補給のためのものと考えていたが、本来この習性は共生細菌を獲得するためにあったのかもしれない。  また、トビマンボウの卵はいったん空中に散布されてしまうと回収が困難であるため、養殖においては親魚が散布する前に卵を回収していたのだが、これが野生トビマンボウとの違いを生み出していたということになる。  そこで養殖場で育てていたトビマンボウ卵の綿毛状器官にロコモコノキ花粉をまぶしてみたところ、孵化後にこれを食べた稚魚が翌日には飛行し始めることを確認できた。この稚魚が成長して体重が増加してもなお飛行可能どうかは観察を続けてみないことには分からないが、私は期待が持てると考えている。  私達が育てたトビマンボウが大空を舞い、野生に復帰する日が訪れたら、改めて父の墓前に報告しようと思う。  最後にもう一点、個人的に嬉しかったことをここに記しておきたい。  養殖トビマンボウを飛び立たせるのに必要な情報を与えてくれた件の論文であるが、その第一著者として書かれていた名は、Fuyuki Ohtoriであった。                    (トビマンボウ財団代表・鳳夏喜)
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