第一章・―春の詩―

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 ただひたすら記憶して、自分で鏡を見ながら練習し、イメージトレーニングを重ねていく。  そうして翌日、目の前にいる客に対して実践する日々だった。  当然の事ながら、最初から全てが上手くいく訳ではなかった。だが、それでも少しずつ上達していくのが嬉しくなってくる。  その内に店長の機嫌も良くなってきて、気が付けば俺に対する態度も優しいものへと変化していた。  そんなある日の事、店長に控え室へと呼び出されると、店の売り上げが伸びたと大いに褒められたのだ。  予想もしていなかった出来事に、すっかり上機嫌の店長は俺の給料を大幅にアップすると言ってくれた。  それに自信をつけた俺は、彼女がやってくる金曜の午後を心待ちにしていた。  期待に応えようと店内を案内し、考えうる最高の対応をしたのだが彼女が嬉しそうな顔をした。  そうして俺が勧めた花の、花言葉を聞いてきた段になって、思ってもみなかった問いに、何の知識もなく答えに詰まってしまった。  すると彼女は小さく笑い、俺にこう言ったのだ。  ――花屋さんの店員なら、花言葉も覚えておいた方が良いわ。  とても優雅な仕草で――。  その日から一心不乱に花言葉の勉強を始めた。  一つの例だけでは心許ないので、いくつか本を揃えてそれらの内容を比較検討しながら、そらで説明出来るまで覚えていく。  その上で、覚えた花言葉を極力忘れないよう、接客内容と織り交ぜて、客に紹介していく。  接客の良さはたちまち評判となり、ますます花屋にきてくれる客は増え、大繁盛を極めていった。  今度こそ彼女に認めてもらおうと、毎週金曜の午後を特に丁寧に対応していたのだが……。  そんなある日、店を閉めようと路上に出て行くと、道路を隔てた向こうの歩道で、彼女が歩いているのが見えた。
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