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1:依那古さとり
「えー、突然ですが、今日からこのクラスに転校生が入ります」
3年E組の担任は、朝礼の頭にそう言った。ここ、九龍町くーろんちょうは、そこまで大きな街とはいえないが、高校が4つあるくらいには広い町だ。とはいえ、なぜか外部からこの町に引っ越してくる人は少なく、高校2年の、ましてや4月も終わろうという中途半端な時期に転校生がやってくることはとても珍しいことだった。
「よーし依那古いなこ、入れー」
数学教師である担任は覇気の無い声で、転校生を呼び込んだ。
転校生が教卓の横に歩く間、担任は黒板へ名前を書き込む。男女ともに転校生というワードに盛り上がり、思い思いの期待を膨らませながら、紹介を待った。
「静かにしろー。いいかー、今日からこのクラスに転校してきた、依那古だー。まぁ仲良くやれー」
「みなさんおはようございます。依那古さとり、です。今日からこのクラスでお世話になります。よろしくおねがいします!」
紹介された依那古さとりは、噛むことなくテンプレートな自己紹介を終えると、ぺこりと頭を下げた。スタイルは良くないが、男受けのよさそうな童顔に、肩より少ししたまで伸ばした黒髪を、両側で小さな三つ編みにしている。ようするに、女受けの悪そうな可愛らしい娘だ。
「けっこーかわいくね?」「わかる!俺は好きだなー!」「そう?なーんか私は鼻につくけどなー」「可愛い可愛い!」「胸は大きくないなー」
「だー、静かにしろお前ら。よーし、ま、紹介はこんくらいにして、依那古、お前の席は・・・、そうだな、金井の隣、窓際の一番後ろだ」
「はい」
依那古が自席に向かう間、クラスメートの様々な感情が入り混じった目線が依那古へ注がれた。今日から自分の城になる自席は、学生生活では誰もが欲しがるベストポジションだ。依那古は内心、ガッツポーズをしながら席に着いた。
隣の席の少年は、人懐っこい笑顔で依那古に話しかけた。
「俺、優斗! よろしくね依那古ちゃん!」
「よ、よろしく」
地毛かどうか判断の付かない自然な茶髪をふわふわと遊ばせ、左耳には小さなピアスが輝いている。遊んでそうだな、と依那古はぼんやりと思いながら、彼の伸ばす手を取り握手を交わした。
前の席の少年は、ぴくりとも後ろを振り返らず、けだるそうに外を眺めている。依那古は、とりあえずスタートは無事切れたな、と、金井の挨拶が終わった時点で授業に入っていくクラス内の空気で感じ取った。また休み時間に誰かが話しかけてくるのかな、と少しだけ憂鬱に思いながら。
カツカツと、担任が数式を書く懐かしい音を聞きながら、依那古は誰にも聞き取れないよう小さい声で呟いた。
「なんで22歳にもなってこんなことしてるのよ、私・・・」
はぁー、と、依那古は今日何度目かわからないため息を吐くのだった。
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