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その8
昨日の疲れが残る中今日も足早に登校する。 例によって美咲の家を通り過ぎる時は気配を消し一気に過ぎ去る。 ふう、今日はいないようだ。 平和に登校出来る。 というより学校に登校するだけでなんでこんなにドキドキしなきゃいけないんだ俺は……
これが普通の高校生らしく恋する悩みでドキドキするとかだったらって…… それじゃどこかのバカと同じだな。
何事もなく教室に着き今や上野の隣には新月が当然のように居座り俺を見掛けると2人がおはようと声を掛けた。
「足立君なんだか疲れてるみたいね? 大丈夫?」
「え? そうかな? 俺そんな風に見える?」
「まさか健斗、お前例の美咲とイチャイチャしてて寝不足とか?」
「あはは、上野君ったらいやらしい」
呑気な上野は自分が美咲に狙われているとは知らないからそんな事が言えるんだよ。 こいつ本当にモテモテだな、美咲に関しては羨ましくないけど…… 軽い溜め息を吐きながら自分の席に着いた。
「足立君…… おはよ」
「ああ、おはよう日々野」
俺に遠慮がちに挨拶してきたのは日々野 沙耶(ひびの さや)、ちょっと地味目だけどよく見ると可愛らしい顔をしている。少し野暮ったいおさげを解いて長めな前髪を切れば大分変わりそうなのにな。
「足立君、昨日少し騒いでた美咲さんとの事なんだけど……」
「ああ、あれか? 俺があいつなんかに告ったわけないだろ? 本当面倒くさい奴だよ。 見た目だけだ美咲って」
そう聞くと日々野は笑って「そうだよね」と言った。 だが……
「でもそれって普段周りに対して気を遣っていた美咲さんが足立君には素を見せてるって事だよね? それって……」
それはあいつが上野を落とす為に俺を利用しようと決めたからだ、なんせ昨日の事は少し驚いたけどやっぱり神様の声が聞こえたとか半年の命とかはあいつが創り出した妄想としか思えない。 だけど形振り構わずに新月から上野を奪い取りたいんだろう。
「ないない、それはまずないって! あいつはあっちで新月と話している上野が好きなんだ。美咲はまぁ裏表があるにしてもあまりにも裏の顔が酷いとちょっとアレだな」
「新月さんと美咲さんってとても美人で羨ましいな」
「そうか? 日々野だって顔をもっと出せば可愛いぞ?」
さっと日々野の前髪を摘んで上げて、あ、しまったと思った。響紀に接するノリで日々野に触ってしまった、髪だからいいか……
「ひゃッ! は、恥ずかしい……」
「ご、ごめん、つい妹に対するノリになってしまった」
「ううん、いいの。気にしないで、でも私の事可愛いって言ってもらえて嬉しい…… 恥ずかしいけど」
日々野はそう言って昨日の宿題やってきた? と話題を変えた。 あ…… 美咲のせいでそんなものがある事自体忘れていた。
「や、やば…… 」
「え? 忘れちゃったの? 足立君にしては珍しいね、あ! 私のでよかったら見せようか?」
「た、頼む! 日々野、お前が居て本当に良かった!」
「そんな…… 私こそ」
そして日々野の助けてもらいなんとかなったが俺はある違和感を感じた。 そう、今日は美咲を1度も見かけない。 それはそれで良い事なのだがなぜか嵐の前の静けさのようななんとなく不気味だ……
でも考えすぎかと思い昼休みになり学食へ行こうとすると階段の踊り場に人影が現れ壁に片脚をガンと付けた。 どこのヤンキーだよ? そう、美咲だった。
「ちょっと、何やってんのよ?」
「お前こそ人気がないからって何やってんだよ? パンツ見えるぞその態勢」
「そんなのどうでもいいのよ! 足立君上野君に私をアピールするどころか地味な女の子と楽しそうに話しをしてばっかだったじゃない!? 一体何を考えてるの? 来なさい!」
俺の胸ぐらを掴み降りていた階段を今度は逆に上り出す。そしてまた屋上に連れてこられたと思ったが美咲が先に屋上に出たと思ったらいきなり手を離され今度は手をかざし、こちらに来るなと静かに言われた。 連れてきておいてなんだよと思いそっとドアを開けてみる。
居ない…… どこに行ったんだ美咲の奴? 俺は出来るだけ静かに屋上のドアを閉め辺りを伺うと何やらドアの反対側の方から声が聞こえたのでこっそり覗いてみた。 そこに居たのは新月だった。 あれ? あいつ上野といつも昼飯食べてんのに……
そして2人の話に耳を傾けるとなんだかいい雰囲気ではないようだ。
「花蓮ちゃんが待ち伏せしてるなんて思わなかったな、私に何か用?」
「フフフッ、用も何もえりなちゃん、今どんな気分? 私に上野君取られてどんな気持ち? ねえ聞かせて?」
え? 何この新月…… 新月ってこんな事言うような子じゃないよな??
「何? やっぱり花蓮ちゃんってそういう子だったんだ? なんてね…… 何なの? 花蓮ちゃんの茶番に付き合うのもいい加減うんざりしてきたんだけど?」
そう言った途端新月は美咲の両腕を掴み壁に押し付けた。 そして美咲の首筋に顔を埋めたと思ったら美咲の首筋から鎖骨にかけてペロリと舐めた。な、なんだよ!? こんな所で百合展開か!?
「ああ、臭いし不味い。 えりなちゃんって。腐った臭いがプンプンする」
「あら、意見が合うわね? 私も花蓮ちゃんって臭いって思ってたの。 あんまり臭くて吐き気するから離してくれない?」
「わぁ、言い返されちゃったフフフッ、えりなちゃんって結構図太いのね? 上野君奪ったと思ったら今度は足立君を味方につけて上野君にまた迫って来るなんてね」
今の一連のやり取りでとても優しくて気配りが出来て美人で完璧だと思っていた新月が実は美咲と同じで性根がとことん腐っている女だと俺の中で発覚してしまった。 美咲の言った通り八方美人はこんなのしか居ないのか!? 俺の周りには……
新月は美咲に顔を近付けて言う。
「えりなちゃんが上野君を好きな限り絶対上野君は渡さないよ? だってね、彼私に夢中なんだもの。 それに私と上野君が一緒に居た時のえりなちゃんの顔最高! 思い出しただけで笑えてきちゃうッ」
「…… 前にあれだけしてまだ足りないの?」
「ええ、そうよ? 高校に入った時からえりなちゃんが邪魔だったの。 あんたが居ると私だけチヤホヤされないじゃない? 可愛いのは私だけで十分」
も、もうやめてくれ、これ以上俺の中の新月像を壊してくれないでくれ! そして上野…… お前はよりによってとんでもない奴等から好意を持たれてるな、可哀想な奴。 最早俺の中では新月とベッタリ出来て羨ましな上野。なんて気持ちはすっかりとなくなっていた。
「別にね、上野君じゃなくても良かったんだけどえりなちゃんが上野君の事好きそうだったから奪いたくなっちゃった」
それを聞いた美咲は新月の腕を振り払い今度は逆に新月の両腕を抑えた。
「あんたにやっぱり上野君は渡せない、今に見てなさい? あんたの素顔上野君の前にさらけ出してあげるから」
「へぇ? そりゃ楽しみ」
そう言い美咲の手を振り払うと新月は屋上からバイバイと美咲に手を振り出て行った。
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