0人が本棚に入れています
本棚に追加
1.刑を執行します
「っひ、待て!待て!金ならやる!!金ならやるから、だから_____」
涙と涎を撒き散らしながら命乞いをするぶくぶくと肥えた恐らく中年と思われる男。その着ている質の良い背広から金持ちであることは大方予想できる。
「殺さないでくれ、って?…ごめんね、あなたが悪かったの」
そう言う可憐で華奢な少女の手には似ても似つかない大きめの匕首が2振り握られている。黒い大きめのフードから見え隠れする顔はセリフの割には悲しそうな顔を1度たりとも見せておらず真顔であり、それも男の恐怖を駆り立てる原因となっていた。
「どうして、どうしてお前なんかに儂が殺されなきゃならんのだ……!」
「恐怖で記憶、失っちゃった?あんたが今まで何をやってきたかなんて考えなくても分かるでしょう?」
「儂は何もやっておらん…!少なくとも見ず知らずのお前に殺されるようなことは!」
「こっちはあんたが裏でコソコソしてた人身売買の斡旋や、奴隷の所有、拷問、殺害も全て把握済み。どう、間違いはある、咎人さん?」
ニコニコ笑う美少女と冷や汗をかいて恐怖で醜く歪んでいる肥えた男…。男は更に顔を歪め、言う。
「っは____、そんなことはしておらん。そもそも証拠なんてのもないだろう!どうせはったりかなんかだ!」
「あら!そう。なら撤退させてもらう」
あまりにもすんなりと引き下がった少女に些か拍子抜けした男だったが、ふつふつと湧き上がる少女への怒り。
すぐに手元に”たまたま”あったガラスの破片を握り、少女の背にそれを向け、酷く歪んだ顔で突進する。
「秘密を知られたからには仕方ない!!死ねええええええいッッ!!!!」
刹那。
「がふぉあっ……?」
男の口から赤黒いモノが止まることを知らず溢れ出ていた。思わず振り返る。少女はニコニコとそれはもう楽しそうに笑っている。その手に握られた匕首は血で赤く染まっていた。自身の胸からは、赤が止めどなく溢れている。一瞬で。この一瞬でやられたというのか。
「お、おま__」
「私がそんな下手な演技に踊らされたとでも思ったの?愚かだわ。でも安心して、私は他の人達みたいにあんたを毀したり、切り取ったりしないから。そもそもあんたなんかを狙うかどうかも怪しいけどね」
「何、……っ?!」
少女の胸元にあるペンダントを見てハッとする。薄青緑に光ったそれは____。
「お前、殺人鬼のパライバトルマリンか……!」
「私、その長い名前嫌なの…せめて、短くライバとでも。あっ、というかあなたが覚える暇なんてこれから先一生ないんだけどね」
「なっ、やめ______!!」
「刑を、執行します_____」
§ § §
「ライバちゃーん、お疲れ様〜!今日の狩りは随分と早かったねえ」
ライバに話しかけるのはこれまた黒系統の色の服を身に纏った軽佻浮薄そうな眼鏡を掛けた美青年。
「ベリルか…。あんた、本当に物好きよね」
「どうしてさ」
「個人的に、殺人鬼はあまり他人との関係を持とうとはしないものだと思ってるから」
「ボクは単純に君に興味があるから会いに来てるだけなんだけど。今この帝都に名を轟かせている殺人鬼の中で最年少なんだぜ、16歳!」
「煩い、22歳」
「手厳しいねぇ」
そう言ってベリルと呼ばれた男は先程ライバが殺した男に目をやる。その手に握られたガラスの破片を見て口角を上げた。
「君さぁ、これわざとやったでしょ」
「何が?」
「この破片さ!殺る前にわざとそこに置いておいたんでしょ。そうすると君は正当防衛にすらなり得る。君、流石だよ」
「別に…。”偶然”そこにあって、”たまたま”それを拾って私を襲撃しただけでしょ、それでいいじゃん」
「やっぱり君、酷いよ」
「あんたの方が酷いでしょ」
それ言われちゃお終いだ、とベリルはくつくつと笑う。
帝都に名を轟かせる悪名高き殺人鬼達は全部で13人。それぞれ得物や獲物は違えども残虐。帝都では夜は絶対出歩くな、殺人鬼に殺されるぞ。そう言われているのである。そして、その殺人鬼達は皆宝石の名前で呼ばれていた。
そして今夜もまたどこかで、宝石が血を浴び輝いているのである。
パライバトルマリン____、ライバ。別の名を正義の執行人。今まで殺した人数は_______44人。
最初のコメントを投稿しよう!