Question

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「長!長!大変です!!」 「何事だ!」 縄文時代から弥生時代へと移行しつつある頃、海沿いの、とあるムラの門番が、慌てて長の元へと走っていった。 「矢文が...!山のムラの者から矢文が届きまして...!」 この海のムラと山のムラの関係は良好なはず。何か用件があれば直接来るだろうし、そもそも明日は市の日。その時に伝えればいいはずだ。 「内容は...内容はなんとある!」 「はい...」 『占いによって、現在の関係を断たねば災いが引き起こされるとなった。よって金輪際、交流を行わないこととする』 手紙の中身は、大方こんなところだった。 「突然...なんだというんだ!」 これまで山のムラと共存共栄してきた、海のムラの人間達の心が怒りで満ちない道理はなかった。 「戦だ!」 「あいつらの望み通り、二度と会わないようにしてやるよ!皆殺しだ!」 「武器を取れ!今すぐにでも...!」 「まあ待て!!」 高まる村人達の怒りを抑えたのは、長であった。 「占いを馬鹿には出来ぬ こちらも、占ってみよう どうするかはその結果を見てからでも遅くない」 そう言うと、ムラの占い師である老婦人に、山の集落の者達との関係をどうするべきかの占いをさせた。 「もはや共存の道は残されていない 奴らとの関係は...絶つしかない」 長がムラの人間に伝えたのは大方こんなところだった。 占いの結果、彼らとの和解の道は残されていないと知ると、いよいよ村は戦闘ムード一色となっていった。 『奴らと関わるのは避けるべきだ。だが山の資源は欲しい。よって山の集落は潰さなければならない。』 ムラの人間の大方の考えは、そこに至った。 そこからはムラ総出での武器の改良、製作、作戦の決定、戦闘訓練等、まさに破竹の勢いで進められていった。 そしていよいよ出陣の日。のろしと共にほら貝の音が響き、ムラの男達が一斉に動き出した。 しかし相手側も対策をしていないわけが無かった。山の集落の周囲には深い堀が巡らされており、その奥にも板が立てられ、一切侵入を許さない状況になっていた。 「1つ目の作戦では無理だ!次の作戦だ!行け!」 長の指示で部隊の一部が山側へと回り込む。比較的守りの手薄な山側から一気に駆け降り、攻める作戦だ。 正面の部隊が矢を射ったり、火のついたままのたいまつを投げ込んだりしているうちに、山側へ回り込んでいた部隊が集落内へ入ることに成功し、本格的な戦闘が始まった。 そして、 結果だけを伝えるならば、海側のムラの圧倒的勝利だった。 しかし、ムラの人間の中──特に若者──には、疑問を持っている者も少なくなかった。 その理由は、圧倒的勝利の後の、虐殺から来ていた。 長、占い師の命令で山のムラの人間は全員殺され、ムラ自体も焼き払われたのだ。 「なんだかなあ...なんか、腑に落ちねえんだよなあ...」 夜、ムラの倉庫で作業をしていた若者達のうち、1人がそう呟いた。 「...おかしくねえか 確かに山のもんは食いたいし、木だって必要だ でも...でも.........なにかもっと.........」 「オレ、最初は長に賛成してたよ 急にもう関わらないって言ってくるなんて、山の奴等なんてどうとでもなれって思ってた でも、全員殺せって言われて、槍を突き立てた時、違うなって......」 「...何が正しかったんだろうな.........」 一方、長の家には長の旧友である一人の男が訪れていた。 「...やり過ぎだ お前はあくまで、このムラの長だ 他のムラの奴等をどうこうする権利はないはずだろ...!」 「このムラのことを思ってしたことだ 大体、山に行けなくなったとき、困るのはお前達の方だろう?」 「それは.........そうだが.........」 「なんにせよ、これからは山のモノを取るのに取引も必要ない 山の奴等の分まで豊かになってやろうじゃないか」 それきり、彼らは黙ったままだった。 その後、ムラは元通りの生活に戻った。が、長への不信感は次第に伝播していった。 そんなムラの人間達の思いは、やがて長の元へと届いた。 「占い師よ、これからどうすればいい?...もう知っているだろう?ムラの民が私のことを良く思っていないことは.........」 「全ては手遅れ...ここから民の思いを変えることは出来ないでしょう...ですが」 「...何かあるのか?」 「長、あなたはムラの為を思って、ああまでしたはずです その想いだけは、伝えた方が...いえ、伝えなければ その後は、流れに身を任せていれば、納得するものとなるでしょう...」 「...それは、占いか?それとも、年の功というやつか?」 「どうでしょうな...まあ、直感ですよ 占いのような、年の功なような ...ただ...長、あなたはもう考えを固めているのでは?」 「...うむ...どうだろうな」 数日後、長は海に脱力しきった状態で浮かんでいるのが見つかった。 集まったムラの人間達に、占い師はつぶやくように語りかける。 「...長にとって、『正しいこと』は『このムラのためになること』だった  ...山のムラに攻め込んだのも、全員を殺したのも......  こうして自ら命を断ったのも.........長の『正しい』を貫いた結果なんだろう  ...だから、長を恨まないでやってくれ  ...それからあと、一つだけ  長の遺体は山のムラの跡地に埋めてやってくれ  ...そうすれば、もう二度と、このムラに災いは起きない」 そう言うと、長の遺体に向かって祈りを捧げ始めた。 誰かのすすり泣きの声が、海のさざ波にかき消される。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!