第一章 Ⅲ節 イーディディイールにて

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    2  イグナティオが向かったのは、町の北にある貧困区であった。  貧困区はある程度栄える町には必ずと言って良いくらい存在する場所である。元々は食うに困った農村から逃げてきた者を1ヶ所に集めて遠ざけたのが始まりだったが、その後、国から管理をするよう遣わされた役人が、務めを怠って無法地帯になるのが一般的である。故に借金取りに追われた者や罪を犯した者たちの王道楽土となるのが大概であった。  処理をされない汚物や、飢えて行き倒れそのまま死んだ者の腐った死骸などから悪臭が放たれ、外の道理とは違うならず者たちの掟が敷かれた、裏の世界である。  そのような場所があることは、町に住む者なら誰でも知っていた。  しかし、宮廷から出たことがあまりないファルシールは知らなかった。ただ町の雰囲気が徐々に暗く荒れたものになっていくのに気づいて疑ったが、なす術がない。導かれるままに従った。
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