第一章 Ⅲ節 イーディディイールにて

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「おい、扉をあけろ。飯だねを持ってきたぞ」  イグナティオは扉を叩いた。すると扉が勢いよく開き、暗い扉の向こうからいきなり手が伸びてきてイグナティオの胸ぐらを掴んだ。イグナティオは与一もろとも吊し上げられる。 「あら、ナティーちゃんじゃないのぉ! 心底会いたく"なかった"わ~! 元気にしてた~?」  暗がりから姿を現したのは、甲高い大声で喋る男とも女ともつかないが、おそらく男らしい背の高い人物だった。他の貧困区の者よりも羽振りが良さそうな格好をしている。  娼婦が着る女ものの薄手の衣服を(まと)ってはいるが、布地からはだけて見える身体は筋骨がしっかりとしていて、男だとはっきり分かる。何より扉の枠の上端に頭が当たるほどの大きさである。しかし、声と言い話し方と言い、所作は女のもので、余計にファルシールは分別に惑った。  イグナティオは「降ろせ」と短く切り捨てた。 「あらあらあら! この子たちは?」  それでも降ろさないオトコオンナにイグナティオは怒鳴る。 「降ろせ!」 「いやぁね。せっかちな男は嫌いよぉ。その中でもナティーちゃんはダントツで嫌いだけどね!」
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