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第二話 いつかの話
知らないフリをしていた。
桜木さんは愛想がよく、仕事も言われたこと以外も積極的にこなし、社内での評判もよかった。
ある時から不意に彼女の視線を感じるようになったのだが、桜木さんには長く付き合っている人がいるという噂を聞いていた自分は混乱した。
きっと上司である自分に敬意を示しているのだろうとか、仕事をもっと任せてほしいというアピールなのだろうと思うようにしていた。
「ありえないよね~」
ふと耳にしたのは桜木さんが彼氏を最近振ったという話題だった。
「心変わりしたみたい・・」
給湯室から聞こえてきた女子社員たちの噂に桜木さんからの熱い視線の意味が裏付けられたような気がした。
「身勝手じゃない?」
ぼそぼそ聞こえてくる会話がまだ本当だとはわからないので逃げ隠れする必要などないのだが、なんとなく気まずくなり自分はその場を後にした。
嫌悪の表情。
彼女の存在がありながら、最近他に気になるこがいるという話をしたところ、兄からよくそんな手のひらを返すようなことができるなと言われた。
「本能に支配されて相手を傷つけるようなことするなよ」
兄はもともと穏やかで、何か相談事をすると理にかなった解決法を提案してくれるのだが、最近の彼は感情をむき出しにしてくることがある。
名門と言える大学を出ていて、俺がなんとか単位を落とさずに大学を卒業できそうなのは、兄のアドバイスのおかげであることはたしかだ。
「わかってるけどさあ、彼女とあんまりうまくいってないのは理由があるんだよ」
近頃の兄には何を言っても理解されない予感はしていたのだが、例えば?と鋭い目つきで聞かれ言葉に詰まってしまった。
「なんていうか・・」
俺の機嫌を取るのに必死なところとか、何か気に食わないことがあるときも結局は気にしないでと言って自己解決するところを上げてみた。
「友達でいた方がよかったのかもと思う」
兄は黙って聞いていたが、お前はわがままなヤツだったんだなと、またもや不快感をあらわにした。
「相手は栄司のために一生懸命なのに、そんなことが原因で振られたらがっかりするだろうな」
求めている答えとはなんとなく違うことを言われ、兄に何かあったのだろうかと推測せずにはいられなかった。
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