第三話 Fake smile

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第三話 Fake smile

和泉(いずみ)を初めて見かけたとき、僕はしばらくの間彼女に見とれてしまった。 世間一般で言う美人というわけではないけれど、小動物のようななんとも愛着が湧く女性だなと思った。 それからというもの、同じ高校の友だちと時々と図書館に現れる彼女を、僕は首を長くして待つようになった。 彼女と知り合いになれることは限りなくゼロに近いと思ったが、ダメ元で声をかけてみた。 「あ、あの・・。時々会いますよね」 突然赤の他人から声をかけられた和泉は少し怯えたような顔をして、離れた場所で本を探している友達に助けを求めるように視線を彷徨わせた。 「あ、えっと・・、そうですね。たまにおみかけしますね・・」 内心和泉と知り合いになれることを期待していた俺は、彼女の表情から自分は合格点に達しなかったのだなと悟った。 「急に話しかけてしまってすみません」 気まずくなった僕は、和泉と少しでも話すことができた、それで十分だと自分に言い聞かせ、失礼しますと言ってその場を逃げるように立ち去った。 「席とっとくね!」 和泉より先に図書館に向かったのには理由があった。 私たちの学校と図書館の間の距離にある男子校の生徒。 彼のことが最近ちょっと気になっていた。 和泉と一緒にいると彼のことをじっくり観察できないので、少し早めに来てスタンバっていた。 彼は私のクラスにいる男子たちと違って、穏やかそうで特に目を引くわけでもないところが大人びていて逆に良かった。 だから密かに片思いしていた彼が、ある日私がいないところで和泉に話しかけるのを目にしたとき、気付かなかったフリをしようかと思った。 和泉は彼のことを気にも留めていない様子だったし、平静を装って「何、声かけられたの?彼、いい感じじゃん」などと言って和泉をからかってみた。 奥手な和泉はただ、やめてよ~と言うだけだった。 家に帰った私は自分の部屋のベッドにもぐりこみ、その日図書館で起こったことの記憶を消したいと思った。 彼のことを心待ちにしていた自分がバカみたいに感じたし、彼が好意を持った和泉が普通にいい子なのもやるせなかった。 それからというもの、私は和泉の前で常に作り笑いをするようになった。 彼女が彼の想いに応えるとも思わなかったし、張り合うつもりもなかった。 彼への気持ちと和泉への気持ちを抑えて、だましだまし毎日を送っていた。 以前のように図書館で彼を盗み見ることも少なくなったが、あの日私は見逃さなかった。 彼と和泉が目で合図するのを。 シャーペンを持つ手に力が入らなくなり、自分は戦力外だよと言われたような気がした・・。
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