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第一話 アザミ
逃げられないと思った。
私の息の根を止めるまで、あの人はきっとあきらめないのだろう。
朗らかに笑う人だった。
私を喜ばせたくて、ときどき花を送ってくれる人だった。
二人の間に意見の相違が起きて仲たがいしてしまったときも、仲直りの印と言って珍しい花を選んでは私に渡してくれた。
あるとき一方的に別れを切り出したのは私からだった。
ひどい話だけれど、他に気になる人ができてしまい、申し訳ないが別れてほしいと頭を下げた。
彼がひどく傷ついた顔をして、唇をぎゅっと噛んでいたのを覚えている。
「旅行のキャンセルをしておくよ」
秋も深まってきたので、紅葉を見に行こうと約束をしていて、彼は露天風呂に入れる、私の好きそうな旅館を予約していてくれた。
「う、うん。本当にごめんなさい・・」
彼は私に文句を言うことはなかったが、なんとも読み取れない奇妙な表情をしていた。
今思うと、あの時の彼の顔はその後起こる未来を予言するものだったのかもしれない・・。
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