シュレディンガーのヒナ

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シュレディンガーのヒナ

 子どものころ、スーパーに並べられている卵が、無精卵だとは知らなかった。卵はニワトリから生まれるもので、卵からにわとりが孵るわけで。  だからある時、  たまごかけご飯を食べようとしたら、たまごに小さなひび割れが入っていることに気づいて、それが内側からの傷に見えて、僕はひやりとした。  ひなが、殻を破ろうとしたところで回収されて、スーパーに並べられてしまったんじゃなかろうか。  生まれてくる直前で死んでしまって、  黄色い丸い玉は、黄色い毛羽立った玉になっていて、それはもうもとには戻らないから、つまり。  割った卵から、血管が薄ピンクの肌から透けて、赤や青のコードが走るSFじみたどろどろの死体が流れ出て、粒がたったほかほかご飯の上に横たわるのを想像した。白身の名残りに、生えかけの毛が濡れて、そこに米粒が絡みつく。  僕は気持ち悪くなって、そんな姿を見たくなくって、結局その卵を食べなかった。もしかしたら、別の形になって僕の胃に収まったのかもしれないけれど。それでも僕は、たまごかけご飯をしなくなった。  あの内側から割れたように見えた卵の中身は、どんな姿をしていたのだろうか。割ってみなければわからない。あれがヒナであるか黄身であるかは、卵を割ってみなければ一生わからない謎だったのだろうと僕は思っていたが、そんなことはなかったというのが、スーパーの卵は無精卵だからヒナにならない、と聞いたときにわかった。  無知って怖い。  そう思いながら僕はまたたまごかけご飯を食べ始めた。ヒナは出てこない。けれど僕が箸で突き刺して中身を破裂させてぐちゃぐちゃにかき回して胃に収めてしまうこれが、少し道を違えただけで内蔵や眼球、翼やくちばしをもった毛玉になると思うと、やっぱりその過程を知りたいとは思えなかった。
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