ノアの単車

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ノアの単車

                                         スカイランナー 報道ニュース: 「〜という上院の予算案に下院が異議を申し立て、議会は平行線のまま二日目の日程を終えました」   十五年後、 報道ニュース: 「三年ぶりに年間犯罪件数が増加しました。これについて経済専門家は、背景に、緩やかに下降していた経済が、去年の秋頃からの相次ぐ上場企業の破綻で、大幅に経済が落ち込んだ事で失業者の急増が関係しているとしました。それでは意見を聞いて見ましょう」  「市民はいよいよ落ちるところまで落ちたなと思っています。政府は今一度、問題から目を背けず行動を起こすべきです。十五年前の決議は結局、限られた範囲の企業と人々が数年間、恩恵を受ける為のものに留まった。下院が懸念していた事が的中する結果となった。その場しのぎ、次世代を担う若者へ継承することを考えた決議案ではなかったということ。確かに、にわかに言われているように、引退、定年をむかえた人間が敷いた道に若者が反発し続けるだけで、道をつなぐ努力を怠ったというのも今日の経済環境があると思いますが」 「ちぇっ。そう言っているこのおっさんだって、恩恵を受けて引退をしようとしているんじゃないか。専門家ぶって他人事だぜ」 「専門家だよ」 「ん?ああ。そうだけどさ。俺なんてあの頃七歳とかでまったくちんぷんかんぷんだった。親父も教師も喜んでいたし、仕事をしているんだかわからない飲んだくれの親戚のおっさんも喜んでいた。けど、隣の家に住んでいた大学生の兄ちゃんはいつも怒っていた。家前で友達らと語り、論争していたよ。 二十代の人は強く反発していたイメージだけど、中には上院の決議を応援しているやけにマセた受け売りの知識をあたかも持論のように語る奴もいたな。子供ながらにこいつは嫌な奴なんだろうなって、どぎつい顔つきと喋り方だった」 「ふーん」 「ノア?学校行ってんのか?」 「四日前に行った」 「学歴が全てじゃないけど、十六だろ?楽しくないのか?楽しもうって気持ちがないんじゃないか?常に自分が求めているものがそこにあるわけじゃないぞ。たまには自分から歩み寄ることも必要だぜ」 「彦兄。まじで言ってんの?」 「案外、まじかもしれない」 「かもって。確かに学歴は欲しいかな。ある程度。こんなご時世になっちゃったもんね。大学出、社会人二年目の彦兄も首切られそうなの?だから過剰に反応してんじゃないの?」 「わからないね。この後に及んで、二十代、三十代の首切りだ。恩恵どころか害しかない」 「わたしと反テロする?」 「ノアならやりかねないからヤダ」 「やりかねないからやだって。飛び級組、彦丸さんらしからぬお言葉。それとも哲学が隠されているのかなあ。秀才って呼ばれているのに何をビクビクしているの?他に首を切られる対象は大勢いるでしょ?秀才新人社員が目障りで、地位を脅かすからって真っ先に首を切るような会社なら辞めておいて正解でしょ」 「生活がかかっているんだよ。いずれは彼女も欲しいし」 「笑える。彦兄が女の人と歩いているのを見たことあったけなー?あ!?あったわ。一度だけ、年上の女の人だったわ」 「はあー。そのエンジン治りそうなのか?部品仕入れるのに苦労したんだからな」 「はいはい。わかってますよ、あとで餡掛けデラックス丼作ってあげるから」 「ちゃんと指先の油落としてからにしてくれよ。ったく、ノア、それでまた走りにいくのか?」 「あたりまえじゃん。こいつはまだまだ観賞用じゃないよ。私には政府も景気の良し悪しも関係ないよ。お父がそんな事を口にしたことないしさ。 周りが騒がしくなってきたなってくらい。それに、なんだろうね、鬱憤が溜まっているんでしょう?そんなライダーが車庫から旧車を引っ張り出して道に出て来ているんだもん。賑やかになってきたところよ。知らない奴の荒ぶった走りを見るのは面白いし、おっさんらの走りはマジっ!?て思う技術もあるよ」 「ノア、どうしてお前がそこまで走りにのめり込むんだ?」 「完全血筋じゃん」 「おやっさんのことも考えてやれよ」 「また、その話?」 「健一は帰ってこない。あの道も山が切り開かれて無くなった。忘れるには十分な時間が経った気がするけど」 「忘れることはない。健一兄さんは関係ない。私にも父さんの血が流れているってだけじゃん」 「まったく、おやっさんは自分が健一を走りの道に引き込んだことを後悔し続けている。勝気なノアには絶対にやらせたくないって。だけど、やめるわけないか」 「そう。やめるわけない」 「せめてその機械じゃなくて新調してくれればなあ。俺もおやっさんも少しは」 「安心?じゃあ、金くれ。欲しいのがないわけじゃないけど、高いよ。買ってくれる?これはいい走りをする。重心がいい、しっくりくる。男にまたがるよりはいい振動があるわ」 「おまえっ」 「うけるー彦兄。そっちの面では私の方が先を行っているのかなー」 「ったく」 「ねえ、ちょっと手伝って。餡掛けデラックスが遠のくよ」  
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