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ハリソン
「うわー渋いね。君の単車かい?」
「えっ?これは彼女の」
恰幅のいいtheバイク乗りのおじさんが彦丸に話しかけてきた。
この秋で一番寒い日。未だ夏気分が残っていたので突然の寒さにジャケットを羽織っていても寒い。おじさんはロングTシャツで平然としている。
「彼女の?本当に?だいぶ面白い趣味をしているね」
「そう?おじさんのはハーレー?ガソリン車?」
「そう。今日の為に引っ張り出してきた」
「おじさんこそ渋いの乗ってんじゃん」
「参ったな。ありがとう。僕はハリソン。こういうのは二十年ぶりくらい。
ここは初めて」
「私はノア、彼は彦兄にこっちはサンドラ」
「みなさんどうぞよろしく。僕の仲間もあっちにいるけど、おじさん談義に花を咲かせているからね。あとで機会があれば紹介するよ」
ハリソンは自分の子供くらいの年齢相手に友達感覚で接する。
「女の子の趣味じゃないな。お下がり?」
「えっ。ああ。まあね」
「おっとすまない。男女差別しようというんじゃないんだ。ほら、女の子はあれ。流行りの電気系単車」
ハリソンの視線の先にはチームで参加するライダーたちの集まりがあった。当たり前のように女性ライダーも複数いて、自慢の電気系車種の品評会に忙しい。
「確かに乗りやすい。静かだしね。でもそれだけかな。やんちゃ感、機嫌がない」
「面白いねおじさん」
「昔を惜しむおじさん発言だったかな。でも、モノマネは本物を超えられない。何か物足り無さがあるからああやって電気系を改造してガソリン車に似せるんだろうな」
「似せる必要ないと思うけど」
「まあね。でも、全員が好きで乗り換えている訳ではないっか。法案だからしかたなく。近く完全に廃止される見込と言われているから賢い判断なのかな。僕も仕事では電気系を使っていた。というか使わないといけなかった。今〜日はガソリン車!!走れる道らしいからね」
そう、レース会場が激減している理由にも道路事情がある。
会場近くに開通されたバイパス。片道四車線のうちわずか一車線だけがガソリン車が走行できる。二年後には完全にガソリン車は走行不可能にすると断言し、他の生温くガソリン車の利用期限を定めない自治体との違いを見せつけた。多くの資金が費やされた大胆な計画に人の注意も集まった。
その裏、光があれば影ができる効果でレース会場の山道は利用者がいなくなり管理者もいなくなったので、今の所は人目を気にせずどんな動力の乗り物も通る事ができる。
「ハーレーのガソリン車は初めてみたかも」
彦丸は馴染みるノアの単車の倍近くある大型車に興味津々。多くの既存の老舗自動車やバイクメーカーは新規参入してきた電気や他動力で走るメーカーに負けまいと生産の比重を電気系らに変更した。あまりにも早期にガソリン車製造から完全撤退したメーカーを政府に媚びた弱腰企業と中傷を受けたこともあった。だが、早期に時勢を読んだそのメーカーは不景気のこの状況下で他のメーカーが苦しむ中、わずかながらも成長を遂げている。
「エンジンかけてみてくれる?」
「えっ?いいよ」
「プスンッ」
「あれっ」
間が生まれる
「プスンッ」
「プスンッ」
「まじー?」
ノアと彦丸が目を合わせる。朝に前日の整備具合を確認する試運転をした時は問題はなく走行できた。
「ちょっと見せて」
ハリソンの太っちょな指がエンジン部分をいじくる。それを彦丸が首を伸ばして上から覗く。
「はい。いいよ。回してみて」
「うん」
「プスンッ」
「プスンッ」
「プスンッ」
「手強いな。だが、これがまたいい。よし、これでどうだ!?」
「プスンッ」
「プスンッ、プスンップスンップスッ」
「あっ!」
ノアは手応えを感じた。
「ガガガガガッ、ドッドッドドドド」
心地よい振動が手から体に伝わる。
「やった」
「やったな」
真似事じゃないガソリン車の重く低いエンジン音にレース参加者らの好奇に満ちた視線が集まる。
この瞬間!!これがたまらない!!肩身の狭い思いをしながらも大切に整備し続けてきたのが報われる瞬間。
「いやーたまらないね」
ハリソンがノアの気持ちを代弁した
「ありがとう。おじっ、じゃなくてハリソンさん」
「これで俺のハーレーが駄目だったら笑えるな」
照れ隠しにハリソンは言った。
ノアらとハリソンは笑い合い、今度はハリソンのハーレーのエンジンをかけた。
一際いかついエンジン音にハリソンのバイク仲間が応戦し、これまでのレース会場にはなかったガソリン車連中が注目を浴びる現象が起こった。
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