国道一号線

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 もちろん旅は初めてではなかった。学生の頃カメラを片手に中国やインド、ネパールを独り旅した経験が僕の人生における現在の方向性をつくったのだ。あの頃は写真を学ぶ学生という気負いが追い風になっていたのだろう。僕はいつも考える前にカメラのシャッターを押していたような気がした。それができない今の僕は、ちょっとした雑念の塊だった。  卒業後、学生という肩書きが無くなり、就職して一般的な社会人になるという道を自ら拒んだことで、僕は完全に社会的な地位と精神的な座標軸を失っていた。不景気の中、日雇のアルバイトで生きるための糧を得る他に道はなく、世に言うプー太郎からのゼロスタートだった。生活に追われるだけの惰性の日々が続き、気が付けば、僕は丸裸で社会の荒波の中に放り出されていた。そこにあるのは、駆け出しの写真家と言うよりは、自意識だけが人一倍過剰な、雑念だらけの、世俗を愛する弱い人間の姿だった。
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