国道一号線

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 僕よりも窓側に座っていたのに、彼らがバスを降りた時の記憶は一切なかった。僕の腹と膝上のカメラバックの間には、オヤジさんに貸していた『地球の歩き方』というガイドブックが落ちないように上手く挟み込まれていた。  オヤジさんは僕の隣で、この本を昼の間ずっと、目を皿にして熱心に読み入っていた。カラー写真の載った本がよほど珍しかったのだろう。そのため、僕は質問攻めにあった。その結果、お互いに要領を得ないカタコト英語で、日本人の僕がベトナム人の彼に、まだ行ったことのないベトナムの街や観光名所の説明をするという、よく分からない構図ができてしまった。  暑さにもめげず、よくやるものだとオヤジさんのインテリ魂に感心しながらも、僕はそれを半ば迷惑に感じていた。いつの間にか僕は寝たふりをしたり、意識的に目を合わせないようにして、彼を適当にあしらうようになっていた。しかし、オヤジさんか忽然と目の前から姿を消した今、僕は身勝手だが、言い知れぬ寂しさと孤独を感じていた。旅人の僕に対して利害に関係なく、気さくに話し掛けてくれたのは、このバスの中で彼ただ一人だった。
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