国道一号線

19/19
前へ
/19ページ
次へ
 半年前の同じ雨の日、僕はバブル崩壊直後の不景気の中で、苦労の末ようやく就職を決めた業界専門の小さな新聞社に内定を断わる手紙を出した。それは様々な迷いやしがらみに踏ん切りをつけるためだった。雨の中、郵便ポストに手紙を入れた時、僕の手は確かに震えていた。あの時のようなこわばった気持ちは今はもうない。  体は疲れていたが、気分は妙に軽やかだった。今日は何だか撮れそうな気がした。クックッケッ!と、あのニワトリの鳴き声を真似てみる。  奴はまだ食われずに生きているだろうか?  オヤジさんはあの後無事に家族と再会し僕について何かを語っただろうか?  そして、あのヤサ男はハノイへ向かうバスの中で再び奮闘しながら名采配をふるっているのだろうか?  そんな他愛のないことを考えながら、カメラバッグを肩に僕は雨の街へと飛び出した。  風景はまだ雨に霞んだままだった。 一九九四年 十月 ベトナム   105969f1-e535-4ac8-95fd-7cc0fc7f9756
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加