国道一号線

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 しかし、僕が今身体の芯で感じているのは、決して、古の過去を懐かしむノスタルジーではなかった。それは確かな光と陰、質と量をもったリアリティー以外の何ものでもなかった。それを感じるのは何も外部の風景ばかりではない。目の前の手垢のこびりついたバスの手すり、車掌の指の間に縦折に挟まれている薄汚れた紙幣、座席の下で足を縛られ横たわるニワトリ、そして床に散らばっていたサトウキビのかじりカスにさえ、僕はその種の確かなリアリティーを感じていた。  この国では、目に見えるモノ全てが僕を昂らせる何かを持っていたのだ。これが本当の世界の姿だと僕は思った。ハリボテのような眩い世界をシステムがつくり出す日本の現実とは明らかに対照的な、この力強い現実を前に、僕は尻込みを繰り返していた。旅に出て以来、カメラを構えファインダーを覗いても、肝心のシャッターが上手く押せないという、どうにも情けない日々が続いていた。  
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