プロローグ

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プロローグ

「私と普通じゃないことしてみない?」  上城啓太は受講していた大学の講座が終わると、見目麗しい美女から、そう誘われた。  女性は腰まである長いロングヘア―が特徴的で、目は優しそうな垂れ目なのに、口は不満があるようにへの字に結んでいる。  背は低く、しなやかな身体は線が細いというよりバランスよく鍛えられている。また、顔の肌艶は小学生のように瑞々しく、薄いメイクなのにハリのある印象を与えてくる。  啓太は女性の麗しさにドギマギしつつも、返事を返した。 「普通じゃないことって、何だよ。それにあんた誰だ?」  女性は同じ講座を受けていた一回生ではない。授業の終了と共に扉から入ってきたので、きっと女性は年上の大学生なのだろう。 「おっと、名前を名乗り忘れていたわ。私は恐神千代子、チョコ先輩と呼びなさい」  そう名乗った千夜子はあまり豊かではない胸を張る。白いワンピースを着ているので、余計に身体の貧しい凹凸が分かりやすい。顔が良い分、残念さが増し増しである。 「ところで本題に入る前に一つ質問。この国の行方不明者の数をご存じ?」 「知らないよ。そんなの」 「なら知って驚き。なんと、その数約八万人! でもその後、所在が確認された人数は約九割。つまり実際の失踪者は一万人に満たないの。自殺者数が年三万人であることを考えれば、少ないくらいね」  千夜子は矢次早に言葉を繰り出す。まるでテレフォンショッピングの紹介のようだ。 「だけどね。ここX市では年間一千人の行方不明者が出て、所在確認が取れたのはたったの六割。残り約四割の四百人が失踪していることになるの。これは、不自然な数値ね」 「初耳だな。それならローカルニュースどころか全国ニュースになってないとおかしくないか?」  千夜子は「そこなのよ」と、念を押すように指摘した。 「当然警察はこの異常な数を調査するために大人数を駆り出した。けど、結局分かったことと言えば二つだけ。どの失踪者にも具体的な理由がないこと。事件性を疑わせる集団拉致などの兆候が全くないこと。それだけよ。  証拠が示しているのは、失踪が自然発生的な現象だということだけなの」 「事件にもならない失踪者……。それなら、ゴシップ記事に書かれる程度のニュースってことになるのか」 「そうなのよ。一日に一人以上失踪していながら、街の皆は人が消えるという異常事態が常態化して、思考がマヒしているの。何故ならばこの科学的な現代社会、理由がないなんてことは存在していないと同義。そう、常人の捜査はここまでが限界。何せ相手は、怪異なのよ」 「怪異?」  唐突な超常現象の登場に、啓太は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。 「そう、怪異。もしくは神隠し。または時空の狭間、と私達は言っている。失踪者が帰ってこないのは、このオカルティズムな現象に飲み込まれてしまっているワケなの」  普通の人間なら、ここまでの発言で千夜子の言葉を馬鹿らしいと一笑に伏すだろう。ただしこの啓太には、それだけでは済まない理由があった。 「私の見立てでは、啓太の関わった事件も時空の狭間が関与している。間違いないなら、啓太の力で失踪者を助けることが――」 「断る」  「へ、ええええ?」  啓太はさっさと荷物を片付けて帰り支度を済ました。千夜子はそんな啓太を、必死に引き留めようとする。 「待って! 自分の力で困っている人を助けるという奉仕の心はないの!?」 「失踪者と言っても、結局は他人だ。俺が関わる理由がない。それに、その時空の狭間とやらは危険なんだろ」  啓太は鎌をかける意味合いで質問する。すると、千夜子は分かりやすく次の言葉を言い淀んだ。  啓太はため息をつきつつ、忠告も込めて千夜子に言葉を返した。 「残念だが、止めときな。この世の人知ならざるものは危なっかしいにもほどがある。近づいたら最後、命がいくつあっても足らないよ」  啓太は千夜子にそう言い残し、自分は机から離れて講堂の扉に手をかけた。  それでも、千夜子は勧誘の手を止めようとはしなかった。 「例え危なくとも、私には諦められない理由があるの! 必ず啓太に私の手伝いをさせて見せるわ!!」  啓太は心の中で、使い走りもごめんだ、と届かない不平を漏らした。  あれから一週間、まもなく大学の新入生勧誘期間も終わろうとしていた。  なのに、あれほどしつこそうな捨て台詞を残した千夜子の姿があの日以来、一向に見られない。  啓太は、諦めてしまったのかと思いつつ、別のサークル活動を吟味しようとしていた。  啓太が帰り道に、大学の情報掲示板で千夜子の写真を見たのは、その時だった。 「恐神千代子。三日前より行方不明。情報求む」  掲示板のガラスケースに入った行方不明者情報のチラシの上で、相変わらず不機嫌そうな口をした千夜子の写真が、啓太を責めるように睨んでいた。
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