「150円でスマイル」

1/1
前へ
/17ページ
次へ

「150円でスマイル」

  いつも通り、足をパタパタさせながらスマホを眺めていた瀬波穂香はベッドの上で跳ねた。ぼふっと音を立てた布団から埃が舞う。ゴホゴホ。今度天気のいい日に布団干さなきゃ。  いやいやそんなことより、と光っているスマホをもう一度確認する。 「なんと、今日はあの日か!」  窓外はきれいな曙色に染まっており、どこかでカラスが鳴いている。カーカーともアーアーとも聞こえるから親子? それとも幼馴染かな?  またまた脱線してしまった。これもいつもの瀬波穂香。  反動をつけて布団から起き上がって、だぼだぼTシャツとショートパンツをシュシュッと脱いでポイッと布団に放る。一応部屋着と外着は分けている瀬波穂香。でもでも、普通に部屋着や寝間着でコンビニに行くこともあるけど。つまりケース・バイ・ケース、気持ちの問題さ。  衣装ケースからカーキ色のノースリーブワンピースを取り出して、ハンガーを外して頭からするりと被る。服は基本緩め。だってもしぴっちりしたものを着て外に出て、食べ放題を見つけてしまった際には涙をためて通り過ぎないといけないから。食べ放題に行くならきちんと食べたい瀬波穂香。  髪が外側にハネているがそんなことは気にしない。スマホと財布を手に取って外へ出る。瀬波穂香、いざ参らむ。  目的地は商店街の中にある。今からのことを思うと嬉しくなってスキップしながら歌まで口ずさんじゃう。ルンルン。  パン屋のおばちゃんから声をかけられる。 「あら、ぽっぽちゃん。まだあんたの好きなクロワッサン残ってるよ」  私は周りのひとから「ぽっぽ」と呼ばれている。いつ誰がつけたか分からないけど、私は結構気に入っている。  私は足を止めずに答える。 「すみません、今日は行くところがあるので」 「そうかい」とおばちゃんは少し悲しそうな顔をする。ごめんねおばちゃん、明日来るね。  それから私はお惣菜屋さんをスルー、お弁当屋さんをスルー、焼き鳥屋さんの前ではぐっとこらえながらもなんとか通り越した。偉いぞ、私。  ちょうど四曲目の歌を歌い終わったとき、私は目的地に到着した。そう、あのハッピーなセットを置いている某ハンバーガーショップだ。  嬉しさのあまり少し緊張の面持ちで入店する。店内では男子高校生のグループが楽しそうに話しているだけで意外と人は少なかった。  レジの前に行くと大学生くらいだろうと思われる可愛らしい女の子が私からスマイルを注文せずともさわやかな笑顔で迎えてくれる。思わずテーブルを乗り越えてぎゅっとしたくなるがそこは我慢。 「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりでしょうか?」 「はい。あ、いや、あの持ち帰りで」 「かしこまりました。それではご注文をどうぞ」  やっと来ました。私はスマホのアプリを開いてこれ見よがしに店員に見せつける。 「これのLをお願いします」 まるで光圀公が印籠を出す時のように心の中であの名セリフなんか言っちゃう。私が見せたのはこのポテトがどのサイズでも150円という魔法のクーポン。いつも出ているポテトのクーポンはLサイズが190円。通常価格が320円ですでに安いのに、そこをさらに40円も値下げする粋なクーポン。やるなコノヤロー。 しかし、このクーポンは神出鬼没で期間も短い。まさにレアクーポン。 店員の女の子は変わらずきゅっと口角を上げてレジをピピピと打つ。 「お会計150円になります」  私はちょうどの金額を渡して代わりに受家とり番号の書いた紙を受け取る。ちょうどポテトが出払ったようで奥にいるお兄さんがかごの中にたんまり入ったポテトを油にインしている。  少し時間のかかるようなので、傍にあった椅子に腰かける。少し待つからこそ食べるときはおいしく感じる。行列の末にありつけられるラーメンのようにウキウキして待つことにする。  数分経つと、あの独特でポップな音楽が出来上がりの時間を知らせてくれる。どうしてもこの音楽を聴くと音頭を踊りたくなる私。おしりを浮かせたところで思いとどまり、妄想の中で手をひらひらさせる。ハー、ヨヨイノヨイ。  しばらく踊っていると私の番号がモニターに表示されたので、先ほどの女の子から紙袋を受け取る。腕の中の温もりが体の細部まで行き届き、私の心をほっこりさせる。 「ありがとうございました!」  明るい声に見送られて私は店を後にする。もちろん腕には大事なポテト。  歩きながらさっそく袋を開けてポテトを三本一気に食べる。持ち帰りにしたのは帰りながら食べるためだ。  程よいしょっぱさ、カリッとした先端都しなしなな中間部、そしてまたカリッと。私は後ろを振り返り、少し離れたお店に向かって一礼する。お兄さん、あなたは天才です。間違いなくその力は神から与えられた才能です。その力、これからも遺憾なく遺憾なく発揮してください。  暮れる夕日を見ながら商店街の中を歩いていく。偶にしかない、だけど偶だからいい150円のポテト。150円でもこんなに笑顔になれる。大人になって忘れてしまいがちなことを気付かせてくれるポテト。  こぼれる笑顔を拾いながらポテトをパクパクつまんでいく。  幸せいっぱいな瀬波穂香のある日の夕暮れ。 〜次回のヒント〜 新しい登場人物がでる🤔かも?😏
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加