「かっこよくて、かわいい」

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「かっこよくて、かわいい」

 瀬波穂香は怒っている。目を細めて眉間にしわを寄せて、リスのように頬を膨らませている。プンプン。  みんなそろそろ思っているころだ。「あれ、こいつ友達いないんじゃね?」って。  失敬な! 私にだって友達の一人や二人いるわ! え、誰もそんなこと思っていないって? 「……」  誠にすみませんでしたした!(そして皆さんめちゃくちゃ優しい!!)  とは言いながらも今日も一人でスピーカーから流れてくる音楽に合わせて腰を振りながらキッチンに立っている瀬波穂香。フライパンには私と同じように踊っているゴーヤと人参、そして豚肉。換気扇で吸いきれない胡麻油のいい香りがキッチンに充満する。  今日は調理の中でも一番簡単な炒め物。それでも料理は料理。しかも今日の食材にはゴーヤがある。瀬波穂香はゴーヤが好き。「にがーいにがーい」って言いながら食べるのがたまらない。人から良く変わってるねって言われる。ほっとけ。  しばらく汗を拭きながら菜箸でテキトーにつついていると、突然玄関のドアが開く。何、不法侵入? 鍵をかけてない私も悪いけど、もしお腹が空いているなら炒め物少しあげますから!どうか、どうかその手に持っている鋭利なものを収め――。 「ぽっぽー、何作ってるの?」  黒のキャミソールにデニムのショートパンツ、そしてワインレッドのロングカーディガンを羽織ったその人を確認して胸をなでおろした。  その人はちょうど真上の階に住んでいる私の友人兼人生の先輩の一色真琴(いっしきまこと)さん。真琴さんは塊のようなうどんの乗ったざるを持って家に上がり、フライパンの中身を覗き込む。 「こんなくそ暑い中料理なんかして偉いじゃん」 真琴さんが褒めてくれるのはうれしいが私はそれどころではなかった。彼女のキャミソールから程よくふっくらとした胸元がちらつく。大きすぎず小さすぎないのが女性の私から見てもエロチック。私はその姿を見まいと顔はフライパンの方に固定するが、どうしても目線は胸に行ってしまう。  私は見たいのか見たくないのか、一体どっちなんだ!  一人で悶々としているのなんかつゆ知らず、その後も真琴さんは何度かきわどいラインまでちらつかせてから「ざるうどん作ったから一緒に食べよう」とざるを持って奥の部屋へ向かっていく。  幸せで苦しい、新手の罰ゲームを絶えた私はどっと息を吐いて炒め終わったゴーヤたちを大皿に盛りつける。何はともあれでけたでけた。  部屋に持っていくと真琴さんは胡坐をかいてベッドに転がっているスピーカーをまじまじと見ている。テーブル上にはすでにお箸とお椀、そして小皿が用意してあった。いつの間にか準備をしているのもさすがだが、私が大皿に盛りつけることを予測して小皿を用意するあたりにはほとほと感服する。結婚するなら真琴さんみたいな男性がいいな。  真琴さんはかっこいい。一色なんて可愛くておしゃれな名字なのに、どうやら性格は名前に寄っちゃったみたい。  端整な顔立ちにバンスクリップで後ろにまとめた長い髪、首から上は完全に漫画とかアニメに出てくる長髪のイケメン男子だ。きっと仕事はデザイナー。ちなみに真琴さんの職業はスポーツインストラクター。  すぐに座って「いただきます」と声を合わせて食事に感謝をする。それから私たちはモリモリ食べ始める。 「苦いね」 「苦いですね。でもおいしいです」 「確かにおいしい」 「うどんもおいしいです。冷たいのと温かいのを交互に食べたらおいしさアップです」 「さすがはぽっぽ、私もやってみよ。うん、美味いわ」  苦い美味いを言いながら、私たちは温冷温冷を交互にモリモリ食べる。目の前で気持ちよく食べる真琴さんの姿があまりにもかっこよくて、私は勝手に疑似恋愛を体験する。今度から好きな男性のタイプは「モリモリ食べる人」にしよ。  かき氷のごとく盛られていたざるうどんは一瞬で私たちの胃の中に無事に納まり、真琴さんは欠伸をしながら切れ長の目を擦る。 「もしよかったらベッドで少し寝ていいですよ。食器とかは洗うんで」 「あ、そう? 悪いね。じゃあ三十分後に起こして」  食った食ったと真琴さんは四つん這いでベッドに入る。私も膨れたお腹をぽんぽこ叩き、お皿を一つにまとめてキッチンへ向かう。  できるだけ音をたてないように、それでもガチャガチャと立ててしまうのが瀬波穂香。  どうせ音立てるのなら時間との勝負だ。私は水をジャージャー出して高速で食器を洗い終える。おかげで壁や服にも泡が飛び散っていた。  着いたのなら拭けばいいだけの話。腰を振りながらタオルで泡を拭き取っている最中、ふとあることに気づく。知らぬ間に腰を振っていること、部屋の方から愉し気な音楽が流れていること。  しまった!  すぐさま部屋に向かえば陽気な音楽が部屋をカラフルに彩っている。すぐさま音楽を消してベッドを見る。  真琴さんはこんな中でも気持ちよさそうに寝息を立てていた。タオルケットを体にかけて顔の横にある両手は優しくにゅっと握られている。  なんて寝姿! まるで赤ちゃんではないですか! あのシュッとした顔立ちも幾分和らいでいて、可愛らしいことこの上ない。  真琴さんはかっこいい。それでもって、同じくらい可愛らしい女性だ。 〜次回のヒント〜 私自身がそうなのです。(知るわけない)😅
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