「私はやっぱりサウスポー」

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「私はやっぱりサウスポー」

 瀬波穂香はサウスポー。  お箸もハサミも、歯ブラシを持つのも左手。靴を履くのも左足から、もちろん野球は左投げ左打ち。生粋のサウスポーとは私のことでい。 「わーたし、ピンクのサウスポー」と腰のあたりで手をひらひら、さらに歌舞伎スタイルで首をぐるぐるさせながらお菓子箱に手を突っ込む瀬波穂香。  今日のお菓子はアスパラガス。お野菜じゃなくて茶色のね。初めは「結構量があってお得だわ」なんて思ってたけど、食べ始めたら止まらなくて、いつの間にか皿代わりのティッシュの上に食べかすと黒ゴマが散乱する美味しくて罪なお菓子。  コーヒーとの相性もいいけど、今日の私は牛乳気分。固いビスケットに牛乳がしみ込むことでまろやかな優しさが生まれる。対して牛乳にはビスケットと胡麻の香りが広がって、通常は存在しない芳ばしさとコクが生まれて美味。これこそ『三時のおやつのウィンウィン』ってやつだ。  ポリポリ食べ、ごくごく飲みながら首をかしげる。あれ、何の話してたっけ? おやつのウィンウィン、アスパラガス、いやいや違うな……。  そうだ、ピンクのサウスポー!  思いだせたことでにやけが止まらない瀬波穂香。アスパラガスを一本二本、そして三本、砂嵐状態の口の中に癒しのみ、じゃなくて牛乳を流し込む。あー、生き返るー。  そんなことより話を戻してサウスポー。別に死ぬほど大変ってわけではないんだけど、少々面倒でアンチクショーと叫びたくなることがいくつかある。  まずは誰もが通る習字問題。私も中学生時、国語の先生に言われた。 「瀬波さん、習字は右手で書くものなので」  そんなこと言われてもシャーペンでさえロクに書けない右手でどう筆を使えばいいのだろうか、ましてや名前を書く小筆なんかは手が震えて私まで笑えてくる。お手上げだぜ先生さんよ。  文字に関連してもう一つ。鉛筆で横書きの書類に文字を書けばたちまち手は真っ黒になる。鉛筆やチョークはまだ消せるからいいけど、厄介なのが水性ペン。ホワイトボードに書くときはひじも手も浮かしているから髭のような文字しか書けない。見えない読めないの苦情フィーバー。  あと、最近ものすごく困っているのが会議室とかによくあるサイドテーブル付きの椅子。皆は前で話している課長を向いているのに、私だけは隣の同期を見ながら板書をかきかき。  当然課長から訝しげに見られる。 「瀬波、お前話聞いているのか?」 「はい、かつてない集中力を発揮させて聞いていおります」 「それなら前を向け」 「はい。あの私もできたらそうしたいのですが、そうすると何分レンジャーのきめぽーずみたいな恰好で聞くことになりますが……」 「何を訳分からんことを言っているんだ」  課長は呆れた顔でため息を吐く。ですので、これはあの、かちょー!!  ほかにも可愛い手帳型スマホケースは開くたびに左手の侵入を阻止するし、スープバーのレードルは使いづらくて絶対指にこぼしちゃう。飲み会で席に座るときは肘が当たるのを気にして全員が座るまで待っている。友達から借りた右利き用ハサミは魔法にかかったみたいに切る能力を無効化にする。  こんな風に日常につらいことがあるサウスポー。 ざっくりだが世界の人口のうち一割しかいないサウスポーに世間様の風当たりはなかなか厳しい。 しかし、良いこともある。 日本語は縦書きで、お手紙や作文の際はすらすらと書けるのがサウスポー。この時は日本人で、サウスポーでよかったとしみじみ思う。 飲み会の席なんかは最後までたっている人たちと目が合って「あ、あなたも?」と親近感がわいてそのままお友達にだってなれちゃうこともある。 それにスープバーは飲み放題のところが多いから、何回でも飲みに行けば右利きの人以上の量を飲むことだってできるし、ハサミが使えないって言ったら仕事の一つや二つはサボれちゃうことだってある。 さらにたまにだが、左利きなんですって言ったら天才肌だの器用だのと左利きの特徴で褒めてくれる人がいる。実際はそうでもないときもあるけど、褒められて嫌なことはない。 テレビを見ながらアスパラガスをかじり、空になったコップに牛乳を注ぐ。 確かにアンチクショ―と思うこともあるけど、私は桃色姉さんの曲のメロディーに合わせて口ずさむ。 「わーたしはやっぱりサウスポー」 ~次回のヒント~ ☕⭐️🧜‍♀️ 今回も読んでくださり、ありがとうございます。次回も楽しみに待っていてください😊
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