「腹が減っても心充たせば戦はできる」

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「腹が減っても心充たせば戦はできる」

 今日もベッドの中にいる瀬波穂香。しかし、いつものようにだらだらスマホをいじっているわけではない。  ピピピと鳴ってTシャツから体温計を取りだす。 38.5℃。あら、また上がってますわ。 ボーっとする意識の中、涙がぽろりと流れる。別に悲しいわけでは無く、熱が出るといつも流れる私の熱い涙。 年に二度、夏と冬に決まってインフルエンザにかかる瀬波穂香。冬はみんなと一緒にかかるのに、夏は一人で勝手に苦しむことになる。ちょっと寂しい。 とは言っても、インフルエンザとは長いお付き合い。ここまで体温が高くなるとかえってきつくない。半年に一度の仲であるインフルエンザからのささやかな償いかも。どうせなら半年に一度を年に一度にしてくれた方がいいんだけどな。 そんなこんなで勝手がわかる私はあまりうろたえない。とりあえず仕事もいけないので、こうして寝ていることしかやることがない。本当は眠っていつの間にか夕方でしたーって感じいいんだけど、皆が良く言う関節痛がどうやら私は腰にくるみたい。そのきしむような痛みのせいで日中眠れることはほとんどない。関節って言ったって、もっと小さいのもあるじゃないか。よりによって一番大きな箇所にしなくたって……、インフルエンザのコンチクショー! 他にもインフルエンザになることで毎回、ある問題が生じる。 私は腕を限界まで伸ばしてテーブルに置いてあるいくつかのビニール袋を自分のお腹に持ってくる。中にはゼリーに菓子パンにスポーツドリンク、リンゴやバナナなどの果物がどっさり入っている。これらは全て玄関のドアノブにかかっていたもの。私が「インフルエンザになりましやした」と会社へ連絡したら決まって誰かが家までお見舞いの品を持ってきてくれる。 之のどこが問題かって? 別に問題ってほどでもないんだけれど……。 どれも病人を考えて買ってきてくれた素晴らしい品々だが、残念ながら私の欲するものはこの中にはない。熱があるんだから少しワガママでもいいじゃない。 枕元にあるスマホには後輩ちゃんからのメールが届いていた。 「先輩大丈夫ですか? ゼリー持ってきたのでよかったら食べてください。お大事に」 優しい言葉に私はウルウル。いい後輩を持ったものだ。  すると突然スマホがぶるぶる震えだす。液晶に出ている名前を見て通話ボタンとスピーカーボタンを押す。 「もしもしぽっぽ生きてる?」  真琴さんの凛とした声ですっと落ち着く。その勢いで熱も下がったんじゃないかと耳たぶを触ったら熱すぎてすぐ手を離した。アッチッチ。さすがにそこまでの効力はないみたい。 それだったらあんな鼻ぐりぐりされる検査の前に真琴さんに電話を変えたらいいだけの話か。 「おーいぽっぽ、聞いてる?」 「あ、はい、聞いてます。何とか生きてます」  ははは、と笑い声が部屋に響く。やっぱり人と話すの愉しいな。 「それならよかった。じゃなかったらせっかく買ったのにウチの夕飯になるところだったわ」  その言葉に思わずベッドから跳ね起きる。 「買ってきてくれたんですか!?」 「今さっきドアにかけておいたよ」  いゃやったー!!!  私はタオルケットを丸めてどこかへ放り投げ、一目散に玄関へと向かう。ドアを開けてノブを見ると真琴さんが言っていたようにビニール袋が一つ提げられている。真琴さんが買ってきてくれるものは決まって同じものだ。 私はそれを取るなりスキップしながら部屋に戻る。左手に袋、右手は腰に手を当てて。イテテテ。  テーブルに置いてあるビニール袋たちを腕ワイパーでどけて(買っていただいた皆様すみません)空いた場所に真琴さんから頂いたものを置く。同じビニール袋なはずなのにキラキラと輝いて見える。  そっと中の白い箱を取り出して上のフィルムの蓋を外す。外した途端に湯気とともにふわりと肉と出汁のいい香りが漂う。 「真琴さん、ありがとうございます!!!」 「それしても熱あるときによく牛丼なんか食べられるよね」  苦笑しているが、面白がっている真琴さんの声。 「はい、どれだけ弱ってても、逆に弱っているからこそこういうがっつりしたものが食べたくなるんです」 「腹が減っては風邪も倒せぬか。じゃあお大事に」  真琴さんとの通話が終わり、私はさっそく牛丼並盛を頂く。  あー、美味い。はあー最高。独り言を言いながらぺろりと平らげる。真琴さん、ごちそうさまでした。間違いなくこの世で三本に入るほどの美味さでした。 ベッドに戻ろうとハイハイしていると胃の調子がおかしくなる。これも牛丼を食べた後のいつものパターン。 私は左手で口を塞ぎ、右手は腰に手を当て、急いでトイレに駆け込む。イテテテ。 ――以下お見苦しいので中略――  水を流してトイレから出る。洗面所で口を漱いですっきり爽快。こら。鏡を見れば少しだけげっそりしているが問題ない。  そのままベッドに横になって丸めたタオルケットを体にかけたらすぐに眠気が襲ってくる。  大きなあくびをしながら天井を見上げる。お腹の中は空っぽなのに心がすごく充たされて幸せな気分。腰の痛みも気を利かせて弱まっている。ちょっとは良いところあるじゃない。これからもよろ、いや、これを機にどこかへ去ってくれインフルエンザ君。 「腹は減っても心充たせば戦はできる」  そのまま吸い込まれるように眠ってしまった呑気な瀬波穂香。 ~次回のヒント~ ♨🐸🌆
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