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白日の漆喰
僕は歩く。漆喰の壁とまっさらな廊下を目的もなく歩く。両側には、知っているけど知らない子たちがいる。
彼らは、こそこそと何かを話しているようだった。話してはいけない場面で堪えきれずに近くの子と話してしまうように。そう例えば、映画館の上映開始の前の広告の場面。この場を考慮するなら、廊下に子供たちが整列するその一瞬。
割烹着?
着ている服は純白の如く一点の染みもない。彼らを横目に、歩く。
「葵くん」
呼ばれた。僕はその子を知っている。
「……やあ」
何故か背中がむず痒く、壁に背を向けたい。だけど、僕が入れるような隙間はなかった。……違う、無いわけじゃない。
僕は、足早に先に進む。きっと、声を掛けてくれた彼は僕の背中を見ていることだろう。
伏し目がちにしていた僕は、そっと顔をあげる。気づかれない程度に。
髪で顔が隠れているわけじゃない。だから、僕がどうしようがハッキリと顔は周りからは見えるはずだ。目は見えなくとも。
彼らの顔が見える。
「………!」
僕は大変なことに気付いた。一体何が大変なのか分からないけれど、心は早鐘を打っていた。背中も一層寒々しい。
……違う。あの子もその子もこの子も、僕は知っている。
周りのひそひそとした話し声が、質量をもって僕の耳に届いた。
「あおいくん」
「葵」
「あおい」
「あおいちゃん」
「アオイクン」
「アオイ」
口々に告げられる。私は告げられる度に重くなる耳を両手で支えることもしないまま立ち尽くす。
「おう! 葵」
一際、軽快に呼ぶ声に目を見開いた。彼は周りの子らとは違った。
まず、皆のような割烹着を着ていない。なによりもどっしりとした自信のある声。しかし、届く声には他の子らと違って枷になるような重さは感じられない。
だが、私には耐えられなかった。重さを持たない声が、こんなにも重くのし掛かるなんて耐えられない。
「すみません、行かなきゃならないので・・・」
私は、一歩また一歩と後ずさる。彼らの目から逃れるように、もと来た道を戻っていく。
端っこで喋っていた子たちが、いつの間にか動き出している。波を掻き分けるように
「すみません、すみません」
と進んでいく。
目の前には砂の階段が、下に向かって伸びていた。
ここから降りなきゃ
踏み出した一歩は、渇いた砂の上では頼りなく今にも崩れそうだった。
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