偽りの皇子(3)

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偽りの皇子(3)

 サンが行ってしまうとタイガは独り言のように呟いた。 「種は撒いた。あとは餌に食いつくのを待つだけさ」  心配するサー・ブルーをよそに、タイガはフードを被り直すと、人だかりに紛れて宴の模様を見物することにした。偽りの皇子は装いこそ王族の身なりであったが、三日月のような目がなんともずる賢い狐のような(つら)であった。一方、恰幅のよいアラモスは、いかにも羽振りのよい商人だ。使用人がかつぐ金の壺を街の有力者たちに買わせようと披露していた。二人からいかがわしいも、成り上がり者の胡散臭(うさんくさ)さが漂っているとタイガは思った。だが、異質だったのは静かに酒をたしなむ公爵の方だ。 「あの黒いローブの男はなんとも不思議な空気を感じます」 「サー・ブルーも同じであったか。たしか、名はベリアル公爵と言ったな」  その名前を口にした瞬間、タイガはベリアルと視線があった気がした。いいようもない空気は、数日前のメリサンドで味わった感覚を思い起こさせる。十七歳の誕生日に父王から贈られたドラゴンの指輪は、不思議なことに危険を察知するときつく締め付けるのだ。あの夜と同じで指輪はきつく巻き付き、タイガに危険を知らせた。 「おや? 珍客がひそんでおるぞ」ベリアルが唐突に発言するとグラスを置いた。 「ベリアル様、珍客とはどんなお客様で?」隣に座るアラモスはへらへらと機嫌をうかがうように両手を擦りあわせる。 「我々にとって、あまり良い客とはいえぬようだ。ーーおい、そこの君、こそこそ隠れていないで、出てきたらどうだ?」  さぁどうしたものか。ベリアルに名指しされたタイガは見物人たちが注目する中、主賓席の前に進み出た。殺気を内に秘めたサー・ブルーはぴたりとタイガに寄り添っている。古びたマントを纏う旅人に、偽りの皇子が鼻を鳴らした。 「おまえたち、何者だ? 面を見せよ」  タイガはいきなり跪いた。「お許しください、皇子様! 私はあなた様になりすました旅の者でございます」地面に顔を伏せ、周囲に聞こえるようわざとらしく声を張り上げた。驚いたサー・ブルーが立ちすくんでいる。「おまえも、跪いてカナトスの皇子様に詫びるのだ!」  タイガの命令にサー・ブルーはしぶしぶ従った。狐目の男は自分が本物とばかりに胸を張る。蔑んだ目でタイガを見下ろした。 「なんだ、旅の者とはなばかりの浮浪者であろう? ベリアル公爵の千里眼に恐れをなしたようだな。だいたいそのようなぼろ布を纏った者が、皇子と名乗るなど言語道断ではないか」  偽者が本物と入れ替わった瞬間だ。アラモス大商人は思わぬお墨付きを得て、得意満面の笑みを浮かべた。だが照的だったのはベリアル公爵だ。事態が思わぬほうに転がったのを快く思っていないようだった。偽りの皇子に対し、調子にのるなとばかりに鋭い視線を送ってよこした。 「ただし!」と、タイガは話を続けた。「一国の皇子たるもの、ニセの金貨ではなく、本物の金で対価をお支払いください」  タイガのニセ金貨の発言に周囲にいる見物人たちがざわついた。それに逆上した偽りの皇子は、席を立ち上がるとタイガに指差しながら声を荒らげた。 「嘘を言うな、浮浪者め! アラモス、こいつを摘まみだせ!」  バタバタと剣を片手に集団が走り込んできた。アラモスの手下と思いきや『皇子がいたぞ!』などと叫んでいる。面が割れないよう仮面をつけた男たちは、バルトニアの盛り場で遭遇した刺客たちだった。それも五人から十人ほど追っ手を増やしているではないか。 「タイガ様、もしやこうなることを狙ってあのサンとやらに命じたのですか?」  サー・ブルーは半ば呆れながら、いつでも抜けるよう、剣の束を握りしめた。 「そうだ。私だと騙って詐欺を働くとは、実に腹立たしいではないか。いっそのこと本物として始末されたらよいのだ」  タイガは自分でもぞっとするくらい冷たい口調で言い放った。そうだ、自分はただのお人好しの皇子ではない。心深いところにダークな部分を持ち合わせている。そうでなければ今の今まで、生き残ってはこられなかったのだから。  タイガを狙う刺客を前に、狐目の顔が蒼白になった。偽りの皇子が本物として殺されようとしていたからだ。見苦しくも、手を合わせ命乞いをする。アラモス大商人は腰を抜かして椅子からころげ落ちた。使用人に助けを求めるも、雇われていた者たちはみな我先にと逃げ出した。騒然とする中で、ベリアル公爵は指笛を吹いた。すると、どこからともなく四頭立ての馬車がものすごい勢いで駆け込んできた。 「ベリアル様!忠実なる下部をお見捨てに?」そう叫んだのは偽りの皇子だ。馬車に乗り込むベリアルの足にすがる。 「クロノム、悪く思うな。そなたは辺境の小国の皇子として果てるがよい」  クロノムと呼ばれた偽りの皇子は、公爵のステッキで腕を叩かれた。馬車から振り落とされ、地面に這いつくばった。 「行け!冥府へ帰るのだ」公爵の掛け声とともに、馬車は猛烈な勢いで走り去ってしまった。残された哀れなクロノムの周りに刺客たちが取り囲んだ。 「私は皇子ではないぞ!すべてはこの太った人間がしたことだ」 「ち、ちがいます! 私はこの狐と、死神ベリアルの口車に載せられたのだ」商人が泣きながら訴える。  刺客の一人が切りかかった。 「まて!」止めたのは左手にあるはずの中指のない男だ。サー・ブルーの剣により指を失った、あの刺客だと思われた。 「よもや、そなたらはタイガ皇子に頼まれたのか?」 「えっ?」  何のことか理解できないクロノムは口をぱくぱくとさせている。業を煮やした指なしの刺客は剣を振り上げた。 「皇子の名を騙るとは、ふとどき者め!」刺客はクロノムの背中を切りつけた。悲鳴をあげたクロノムは小さな小爆発ともに銀色の狐に姿を変えた。息も絶え絶えになりながら人々の足元をすり抜け、広場から逃げ出すのだった。 事の顛末を見守ったタイガは、騒ぎの最中に広場から抜け出した。背後から、なんとも後味の悪いアラモス大商人の断末魔が聴こえてきた。  
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