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「ふん、何が傑作だ。ドラゴンは神の失敗作なのだよ。神の使いである役目を担っておきながら、天井の掟を破ったんだからね」
老婆は憂いに満ちた目で死魔のすることを眺めた。その隙にホビショーは金のネックスをポケットに突っ込んだ。
「神々のすることは時に我々の理解を超えますぜ、 ペルセポネ様、人間よりも優れたこの屍が失敗作? 全能の神が、なぜ美しきものを葬るので?」
「ドラゴンは神の定める掟を破り、人間と交わったからだ」老婆は視線を戻す。蛇の柄をくるくると回しながら話を続けた。「種を越えた混血はあってはならぬ。異類婚姻にて生まれし異形のメリサンド(※ドラゴンと人間の混血)は、それ自体が世のバランスを崩してしまう。神は自分の姿に似せて、人間を創り出した。ドラゴンの雄と人間の女の間にできた子は神に近すぎるのだよ。その存在は全能の神を脅かし、いずれ神に取って変わり、この世を支配するやもしれない。そうならないために、神はドラゴンと、その血脈を継ぐメリサンドの一族を抹殺せねばならいとお考えになったのだ」
この老婆もまた神である。名をペルセポネという。死を司る冥府の神の一人であった。そして、破壊の限りを尽くすこの使い魔も東方より遣わされた死の精霊。“死魔”と呼ばれ、恐れられていた。
ドラゴンもまた空の精霊だった。故に、この惨劇は、冥界の精霊たちが空の精霊であるドラゴンを死に追いやる戦いであった。昨夜、死魔が奇襲をかけ、反撃する機会を与えることなくメリサンドの都を陥落させたのであった。
不意に荷馬車からミャーミャーと子猫のような謎めいた泣き声が聴こえてきた。死魔は動きを止め、そのしゃくれた顎を引き、ギロリと睨みつけた。どうやら声は太った女の下から聞こえてきているようだった。荷馬車にいる小鬼が女の屍をひっくり返す。すると、腕の中から女の赤子がころげ落ちてきた。驚いたのか赤子は耳を塞ぎたくなるような大きな声で泣いた。
ペルセポネは顔をしかめ、小鬼の長は左右の人差し指で両耳を塞いだ。死魔は手をかざす。彼の力である『殺』の波動により空気を払い、赤子を窒息させようとした。小鬼たちが叫び声をあげながら破滅的な力を避けようと、一斉に荷馬車から飛び降りた。いくら同じ冥府の住人とはいえ、死魔が放つ『殺』の力にあっては、ひとたまりもないからだ。死魔は地を這うような低い唸り声をあげた。
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