プロローグ/メリサンドと死魔

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「待ちなされ!」  ペルセポネは鋭く言った。老体に似つかわしくない俊敏さで荷馬車に飛び乗ると赤子を抱きあげた。 「はて?この子はいったい……」  青白い肌の赤子はすみれ色の瞳と漆黒の髪色をしていた。首から王族の証である水晶のペンダントを提げている。したがって、身分の高い赤子だと思われた。だが、特異だったのは背中に黒い翼が生えていたことだ。 「ペルセポネ様、女は乳母のようですし、王族の姫君かもしれませんぜ」 「そなたの言うことに違いない。だが、ちと気になる。この赤子、我々側の誰かが、王家の姫君に子を産ませたのやもしれないーー」 「まさか、メリサンドの姫が冥府の精霊と姦通(かんつう)を働いたと?」 「さよう。ともすれば、精霊ではなく、冥府の神の血を受ついだ落とし子やもしれぬ」 「ややこしや。この赤子はドラゴンと死神の両方の血を受け継いだ混血ということですかい?」  老婆ペルセポネはため息をついた。 「いいか皆の者。この赤子が、誰の子か見極めるまで殺してはならぬ。万に一つ、あの方のお子だった場合、我らが消滅する憂き目に遭うのだからね!」  小鬼の長はたまげた顔をした。 「まさか、バアル様!?」 「これ、あの方の名を口にするでない。ともかく、たとえ下級の子であっても育てる価値があるやもしれぬ」 「価値とは?」 「ドラゴンが死に絶えても、この赤子の中にドラゴンの血が受け継がれておる。ゆえに、いざという時に利用価値があるというもの。したがって、殺すわけにゆかぬからそなたが育てよ」 「えぇー。ワシが?? そんな……嫁さんもいないワシがですかい?」  小鬼の長は首を大きくかぶりを振る。眉間に皺を寄せた老婆は妖艶な美女へと姿を変えた。口が裂け、かみ砕いてやろうかといわんばかりに鋭く尖った牙を見せつけた。 「小鬼の長、ホビショーよ。三百年も生きたお前はそろそろ退くがよい。若い小鬼に任せるのだ。そこいらでかき集めた財宝を好きなだけ持ってくがいい。その女の赤子が十七歳になったら迎えにこよう。それまで、あの世とこの世の狭間にある死者の水車小屋にとどまり、あの方のお子かどうか見極めるのだ。いいな」   妖艶なペルセポネがパチンと指を鳴らす。ホビショーの粗末なローブが破れ、集めた宝がバラバラと地面に落ちた。ペルセポネ"はホビショーの腕に赤子を押し付けるように抱かせた。こうして哀れなホビショーのもとに、九死に一生を得た赤子が託されたのであった。  
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