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カナトスの皇子タイガ
メリサンドの陥落から十七年後ーー。
落陽に照らされた二つの影が、長いマントをはためかせながら、足早に歩いていた。
夕暮れの軍港に闇が迫りつつある。打ち寄せるさざ波に揺れる桟橋に、幾艇もの帆走軍艦が停泊していた。重なり合うマストの間をカモメがすり抜けるように飛んでいた。
若者らは頭からフードを被り人相を隠している。だが、粗末な布地の内から高価な剣が覗いていた。その持ち物から彼らが高貴な身分であることが窺い知れた。
「タイガ様、あの路地だと思われます」
連れの男が立ち止まり細い坂道を指差した。
タイガと呼ばれた若者は指にドラゴンの指輪をはめた手をかざし、目を細めた。朱に染まる城壁が街を囲むように巡るそのいただきに、#金色__こんじき__#に輝くバルトニア城が聳えているのが見えた。城の落とした深い影の中に下層の民が暮らすスラム街がある。瓦屋根が幾重にも重なり、迷路のように入り組んだ街並みは、どこかタイガの祖国のカナトスを思わせた。
「サー・ブルー、あのスラム街のいずこに、指定されたスフィンクス像があるはずだ」
タイガは父王から託された密書について言った。
指定されたスフィンクス像は波止場から坂を上がった城壁の近くにあると思われた。坂の途中は酒場や娼婦宿が連なり、その道幅は馬車も入れないほど細かった。わざわざ道幅を狭くしているのは、荒くれ者たちが喧嘩により、剣の斬り合いを避けるための意味合いが強かった。店の前に立つ客引きの女が男の袖を引いては、店に引き入れようとしていた。そこかしこで、酒場で男女の高笑い響く。枝道に立ちんぼの女の姿も見えた。閉められた鎧戸の内側から、色に染まる吐息が洩れ聞こえてきていた。一国の皇子が身の危険をおかしてまでこのような場所に来た理由は、これから会う人物が、わざわざこの色里を指定してきたからだ。
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